MANITOGA

〜ミッドセンチュリーのデザイナー、ラッセル・ライトの「偉大な魂の場所」

 ホワイトプレーンズから車で北へ約45分、パットナム郡の小さな町ガリソンの南に位置する「マニトガ」。1900年代半ばに活躍したデザイナー、ラッセル・ライト(1904〜1976)の居宅とスタジオ、庭園を一般公開しているもので、ライトはこの場所を原住民族アルゴンキン族の言葉で「Place of great sprit」を意味する「マニトガ」と名付けた。数年前に「インテリアデザインやガーデンに興味がある人は必見」と米雑誌に紹介されていたのを読み、行ってみよう!と思ったものの冬季は閉鎖+春から秋も金〜月のみ公開+完全予約制のため、タイミングが合わずなかなか実現できずにいたが、この6月にようやく訪れることが出来た。期待を遥かに超えた素晴らしい体験で、NY郊外の「お気に入りの場所」がまた一つ増えた。

■ラッセル&マリー・ライト

 共にデザイナーのラッセルとマリーは結婚後「ライト・アクセサリー」を設立し、金属製の動物オブジェやアルミニウム製のカトラリーなどホームアクセサリー・ビジネスを展開した。その後「家庭の中心はダイニングテーブル」としてカラフルなディナーウェアをデザイン。陶器製、プラスチック製のシリーズ共にアメリカン・モダンデザインを代表するものとなり、プラスチック製食器の「レジデンシャル」は53年にNY近代美術館のグッドデザイン賞を受賞している。

 ラッセルは他に家具やテキスタイルもデザインし、当時のアメリカンデザインを牽引する一人として活躍。妻のマリーはビジネス面で才覚を表し、「ライト・ブランド」を不動のものに築き上げた。また、夫婦は効率的な設計と家事管理により家事を減らして余暇時間を増やす方法「Guide to Easier Living」を出版、ベストセラーとなる。

■荒地を再構築

 1942年、シティ在住のライト夫妻はパットナム郡の広大な敷地(30ヘクタール)を購入。森林伐採と採石により荒れ放題だった敷地を、夫妻は当時まだ広まっていなかったサステナビリティの概念を念頭に置いて設計・構築し直した。まずは渓流の方向を変えて高さ約9メートルの滝を作り、その流れを採石場跡に導いて池を作った。更に岩を砕き、石段やテラス、橋を設置し、苔を植え、地域の樹木と植物を植えて、森林景観デザインを行った。

 52年に妻のメアリーが亡くなった後、ラッセルは池を見下ろす岩棚に家とスタジオを建築。屋根は植物が育つよう設計され、大きなガラス窓が建物の外と中の区別を曖昧にし、家の中にも大きな岩や樹木を取り入れるなど、建物が自然と融合するようさまざまな工夫が取り入れられている。

 池に面した大きな岩を「ドラゴン・ロック」と呼ぶが、これは当時幼かった娘アニーが「龍が池の水を飲んでいるみたい」と言ったのをラッセルが気に入って名付けたもので、今ではマニトガ2つの建物の代名詞になっている。

■マニトガツアー

 敷地内には全長4マイルのトレイルが整備されており、こちらは予約無し・無料(任意寄付5ドル)で散策できるが、建物内にはツアー予約客のみが入れる。ツアーは庭の散策を含めて約1時間半。まずは池をぐるりと回りながら、どのようにライト夫妻がこの地を再構築したのか説明を聞き、ラッセルのオフィス兼ゲストハウスだったスタジオと、現在は一部ギャラリーとなっている母屋の内部を見学する。

 2つの建物は池を見下ろす高台にあり、大きな窓から望む景観は絶品。そして建物の内部は隅から隅までラッセルのこだわりが形になっている。例えばスタジオのドアノブ。玄関ドアに

は手のひらにすっぽり収まる天然石を、内部からテラスへのドアには日本の古い真鍮作品を使用している。1年ほど日本に滞在したことがあるラッセルは日本の建築要素をそこかしこに取り入れていて、窓際に深めのバスタブが置かれたスタジオのバスルームは、洗い場こそないが日本のお風呂そのもの。

 日本の建築要素は母屋にも多用されており、置いてある家具はミッドセンチュリーデザインなのに、中2階の小部屋にはなぜか和室の趣が漂う。ギャラリーへの入り口は和風建築の上がり框を、暖炉横の戸棚は床の間の袋戸棚を、植物の葉を混ぜ込んだ漆喰壁は田舎の土蔵を思い起こさせる。

■ライトが遺したもの

 96年に米国歴史登録財に、建物は06年に国定歴史建造物に指定されたマニトガ。サステナブルやエコの概念が一般に浸透するずっと前に、ラッセルは自然環境に融合した家を建て、その内部には天然素材と合成素材を並置、効率と機能性を重視したデザインを実践した。晩年、ラッセルは「全てのデザインプロジェクトの中で、最も満足しているのはこの家のデザイン」と語っている。マニトガの魅力は半世紀経った今でも色褪せることなく、見る者を惹きつけて止まない。展示物としてではなく、「こんな家に住みたい」という思いと共に。

MANITOGA

584 NY-9D, Garrison, NY 10524

電話845-424-3812

www.visitmanitoga.org

会期11月13日(月)までの金〜月。ツアーは全て要予約。最も一般的なツアー「デザイン・アート・ネイチュア」約90分の開始時刻は午前11時、午後12時、1時、2時の4回。料金は大人も子供も一人30ドル(10歳以下は入場不可)。石段などを登るので歩きやすい靴で行くこと。予約不要のトレイルは日没まで。紅葉の時期はすぐに売り切れるので早めに手配を。