ニューヨーカーはよく歩く。とにかく歩く。碁盤の目のマンハッタン。東西に走るストリート間は、徒歩で一ブロック一分ほどかかるといわれる。
歩くべきでない時も歩く。赤信号なんて待っていられない。ひたすら歩き続ける。赤信号で足を止めるのは、おのぼりさんだ。
車が来なければ、青信号なのだ。考えずに突き進む。車が何台も走ってきても、その合間をぬって歩く。
本来なら歩かなくていい所も歩く。日本の都会のように、どこでもエスカレーターがあるわけではない。エスカレーターがあっても、動いていればラッキーだ。しょっちゅう、故障している。乗ってもうんともすんとも言わないエスカレーターを、二階分だろうと三階分だろうと、ひたすら歩いてのぼる。
そして、ニューヨーカーは歩くスピードが速い。その速さは全米の都市で第一位、というデータがある。スニーカーやビーチサンダルで、すたすた歩く。ハイヒールは夜の特別なイベントのためにある。
速くたくさん歩くから、足が丈夫になる。ニューヨーカーが全米一、長生きなのは、それも理由のひとつだといわれる。
でも、私はもっと速い。
全米オープンテニスの会場で、試合を観戦するコートに足早に向かっていたとき、追い抜いた男性に声をかけられた。
You don’t have to run.
走らなくても大丈夫だよ。
私はふり返り、笑顔で答える。
You know what? For me, this is walking.
あのね。私的にはこれ、歩きなの。
このエッセイは、シリーズ第9弾『ニューヨークの魔法は終わらない』に収録されています。