ニューヨークのとけない魔法 ⑤
岡田光世
真夏のある日、外へ飛び出したとたん、激しい雨が降り出した。アメリカ人は小雨なら気にもならないようで、傘を差さない人は多い。が、土砂降りとなると話は別らしい。
地下鉄の駅に行く途中、頭にグレーのバケツを被ったヒスパニック系の女の人と擦れ違った。思わず私は、Oh, my God! と声に出してしまい、その人の肩に軽く触れて、笑った。その人も私を見て、声を立てて笑いながら、走り去っていく。
どの道路にも、両端に幅三十センチほどの水たまりができている。車道の両脇が、極端にへこんでいるのだ。サンダルを履いていたので、道を渡るたびにそれを飛び越えなければならない。えいっ、とばかり、勢いよく越えたとたん、どこからか声がかかった。
You made it!
ようし、やったな!
顔を上げると、目の前に男の人が五人ほど並んで立ち、にこにこしながら私を見ている。真ん中に立った男の人が、私に向けて親指を立てている。真っ赤なシャツを着て、真っ赤な傘を差していた。どうやら、他の仲間が傘を持っていないので、一緒にレストランの軒下で、雨宿りをしているらしい。
雨のなかにずっといたら、大きな花みたいになって起き上がるんだよ。だって雨は僕たちを成長させてくれるんだから。
移民なのだろうか。英語がブロークンだったので、意味はよくわからなかったけれど、歌を口ずさむように、そう言った。
小柄な私を、子どもだと思ったのだろうか。今はまだ小さいけれど、花のように水をたっぷり吸収したら、もっと大きくなれるよ。そうしたら、もっと大きな水たまりを、飛び越えることができるよ。そんな思いで、声をかけてくれたのか。
土砂降りの向こうに、思わずまた、ジャンプしたくなるような出会いが待っていた。
真っ赤なシャツと真っ赤な傘―。赤をめがけて闘牛のように勢いよく跳んできた私に、まさか「オーレ!」(いいぞ!)と声をかけていたわけじゃないでしょうね。
このエッセイは、シリーズ第5弾『ニューヨークの魔法のじかん』に収録されています。40万部突破の「ニューヨークの魔法」シリーズ(全9巻)は文春文庫から刊行されています。