川井龍介・著
John Gregersen, Reiko Nishioka (翻訳)
University Press of Florida 出版
アメリカ東海岸の南端に位置するフロリダ州に対して日本人が抱くイメージは、陽光がさんさんと降り注ぐリゾート地といったところではないだろうか。30数年前、フロリダ州のローカル紙をジャーナリズムの研修先として選んだ私も、当初はだいたいそんなイメージでとらえていた。
日本との関係で言えば、西海岸と違って地理的にもだいぶ離れているから、日本的なものなどほとんどないだろうと思っていた。また、できるだけ草の根的なアメリカを探ることができればと期待していたので、日本との関係にはほとんど興味はなかった。
しかし、その思惑はのちにいい意味ではずれていった。きっかけは「Yamato Road (ヤマト・ロード)」と書かれた道路標識に出会ったことだった。ここから20世紀の初めに南フロリダに「大和コロニー」なる日本人入植者による「村」があったことを知った。そしてそのメンバーの一人で、最後まで現地にとどまった森上助次という人物が、コツコツと買い集めた広大な土地を地元に寄付し、それがもとで立派な日本庭園を含めた「森上ミュージアム」が現地に誕生したのだった。
日系アメリカ人の移民史のなかでも詳細は明かされることがなかった異色のコロニーと男の歴史に私はノンフィクションライターとして惹かれた。労働移民とは違って資産家や識者たちが投資して作り上げようとした日本人村とはどのようなものだったのか。コロニーが消滅したのちも日本に帰ることなく質素な暮らしの中で土地を残した男の生涯とはどのようなものだったのか。
日系アメリカ人文学の金字塔ともいえる小説「ノーノー・ボーイ」(ジョン・オカダ著)に出合ったのがきっかけで日系人の歴史に興味をもったこともあり、最初にフロリダを訪れてから20年も過ぎたころから、私は本格的な取材をはじめた。かつてコロニーがあった現地をはじめ、コロニーを企画した酒井醸という京都府・宮津出身の若いインテリと、土地を寄付した森上助次という農民を中心に当時の関係者の子孫を探った。
フロリダ州内はもとより、子孫や関係者のいるカリフォルニア、ヴァージニア、テキサス、ニューヨーク、そしてコロニーの有力参加者の足跡を追って日本では、宮津をはじめ丹後半島や大分県の中津などを訪ね歩いた。
こんな取材を足掛け10年ほどつづけて、ようやく2015年に「大和コロニー~フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)を出版した。するとこの取材のなかでお世話になった「森上ミュージアム」で館長をしていたジョン・グレガセン氏と教育事業のディレクターをしていた西岡令子さんが、自ら翻訳を買って出てくれた。
この時点では出版されるあてなどなかったが、大和コロニーについて詳しくかつ語学に堪能であるというおふたりの力によって完成した英語版をユニバーシティ・プレス・オブ・フロリダという出版社が評価してくれ、今年2月にアメリカで出版された。
日本からアメリカへの移民物語は2か国の歴史である。このほど英語版が出たことで日米双方からこのノンフィクションが読まれることになったことは、著者としては願ってもない幸せである。(著者、川井龍介)