その5:ピラミッド

ジャズピアニスト浅井岳史のエジプト旅日記

 毎朝大量の汗をかいて目が覚める。オフ2日目、今日はUberでピラミッドに行く。天気は晴れ、天気予報は毎日ずっと同じなのである。 

 クーラーが効いた車でギザに向かう。途中でナイル川を渡る。壮大だ! 砂漠に流れる唯一の川で、その周りにのみ緑がある。その上流には王家の谷、ルクソールが有り古代の文明が存在していたのだ。アガサクリスティーの「ナイル殺人事件」を思い出す。

 ギザはカイロ市街からは近く、20分ほどでピラミッドが見えてきた。運転手は入り口のチケット売り場に近いところで降ろしてくれた。チケットを買う。何やら複雑なシステムのようだが、全てを網羅した一番高いチケットを買った。それにしても暑い。最初にした乾き対策はコーラの一気飲みであった(笑)。

 さて、ここからが大変である。日陰が一切無い大変な温度の砂漠を歩くのである。悪徳ガイドによれば全部で8キロだそうである。そうやって脅して、やれラクダに乗れ、馬に乗れ、人力車に乗れ、アラビアのロレンスの帽子を買え、水を買えとしつこい限りの押し売りが押し寄せて来る。少し賢いやつは偉そうにチケットを見せろと命令する。一切関わるなと入れ知恵されている。全て振り切って、頑張って歩いてやっと最初のピラミッドに到着。ユネスコ世界遺産だけあって、凄い迫力である。

 さらに歩くと世界一の大きさを誇るクフ王のピラミッドが見えてきた。頂上の方は滑らかな斜面になっているが、途中から崩れている。このピラミッドを撮るために、16ミリの広角レンズを買ったのだ! が、被写体が大きくて構図に苦労する。強烈な太陽でファインダーが超見づらい。それに日陰の全くない灼熱の太陽で、集中力を持続するのが難しいうえに、相変わらず押し売りがうるさい。中には「これはギフトだ」(出た!)と品を手に押し付ける輩もいる。

 クフ王の石室の入り口に来た。入ろうとすると係員が「別のチケットが要る」と言う。最高額のチケットを買ったのに? また詐欺だと思ったが賄賂は要求せずに「チケットオフィスに行け」と言う。この炎天下をもう一度入り口に戻る? 周りにはスペインからきた若者の団体がいて、皆ブーブー文句を言っている。みんながその係員に「お金を渡すから」と申し出たが、彼はエジプト人には珍しく潔癖なのか融通が利かないのか、全く受け取らない。

 仕方ない、とりあえずスフィンクスを先に見て、その後で考えることにした。砂に埋もれた石畳をスフィンクスに向けて歩いた。ある男性が掃除をしている。すると私を見て「こうやって掃除をしているから金をくれ」と言う。え! しばらく歩くと「ラクダに乗れば楽だ」とアラビアのロレンス風の男たちがやってくる。格好良いので写真だけ撮らせてもらった(笑)。

 途中に石の柱が並ぶ神殿を抜けるとスフィンクスの後ろ姿が見えてきた。正面に廻る。確かに体は座っている猫で、顔が人間である。その昔、スフィンクスは通行人に「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足で歩く動物はなんだ?」というナゾナゾを出して、答えられない者を食べていたという。そこに賢者エディプスが現れ「人間だ。赤ん坊の頃はハイハイして、大人になったら2本の足で歩いて、歳をとったら杖を使う」と見事に解いてしまった。スフィンクスはショックで崖から飛び降りて死んでしまったという。エディプスって、ソポクレスが書いた父親を殺して母親を娶ってしまったあのギリシャ神話の悲劇の主人公?

 子供の頃に親戚縁者がテレビで「ピラミッド」と言う映画を見たことを思い出した。子供の私は途中で寝てしまい、翌日親戚のお姉さんに映画の結末を聞いた。最後は陰謀が失敗し皆ピラミッドの中で流れ落ちる砂の中で殉死するという壮絶な内容であった。ピラミッドを作った奴隷たちも全員秘密を守る為に殺されたという。4500年前にこれを作った高度な文明には、すでに壮絶な権力争いと人の命など厭わない貧富の差があったのだ。

 貧富の差、殺風景な出口を出ると、今度はぼったくられるから絶対に乗るなと聞いているタクシーの運ちゃんたちがぶっ飛んでくる。Uberを呼んだ。待っているとまた、少女が腕にまとわりついてきた。女性が物乞いにきた。

 車窓からは相変わらずの砂漠と砂に覆われたカイロの集落が見える。殺伐とした風景のなかに、銃を持った軍人もかなりいる。高速道路を走っているのにロバや馬という低速車が走り、人も歩き、露店も出ている。そこを車が高速で走り抜ける。

 車がナイル川を越えた時に、私はハッとした。川の周りは豊かに緑が茂っている! ひょっとしたら4500年前は、このピラミッドの辺りにはナイル川の水があり、この川岸のように緑だったのではないか。そういえば、ピラミッドの石は運河を作って積み上げたと言う学者もいる。ということは、何故にこのナイルの水を灌漑してカイロに引かないのだ。そうすれば緑化した素晴らしい街になるのではないか。

 後で現地の友人に聞いてみたら、今上流にエチオピアがダムを造って、水資源の争いが起こっているとのこと。何とも複雑な事情があるようだ。(続く)

浅井岳史(ピアニスト&作曲家)www.takeshiasai.com