メルボルンの休日

ジャズピアニスト浅井岳史のオーストラリア旅日記(3)

 昨日のダブルヘッダーでメルボルンの演奏は終了。到着して最初の2日間で3つのコンサートという強行軍であったが、何とかこなす事ができて非常にうれしい。
 さて、今日は主催者のピーターが奥さんのゲイルと私たち夫婦をメルボルン観光に連れて行ってくれるそうである。遊びじゃ!
 親切なピーター夫妻は、私たちに市電のチケットをプレゼントしてくれ、まだ一度も出たことのないアップタウンから高層ビルの立ち並ぶお洒落なダウンタウン、メルボルンの中心へと連れて行ってくれた。市電は良い! ゆっくりと走る車窓からメルボルンのハイライトが見えてくる。昨日までひたすら演奏していたクラブ界隈とはまるで違い、モダンで華やかで、しかも歴史的な建物が立ち並ぶ。メルボルンがこれほど美しいとは(笑)。しかも天気が本当に良くて、眩しい初春の陽の光が新緑を見事に照らす。
街の中心の中心に歴史的な駅ビルが立っている。まるでロンドンのようで壮大である。植民地時代にここを正装したブリット達が闊歩した様子が目に浮かぶようだ。感動している私に「少女のヌードが見たいだろう?」といたずらっぽく笑うピーターが連れて行ってくれたのは、隣にある小さいが同じく歴史的なパブで、その一室に等身大(以上)の少女の裸体像が掲げられていた。1909年からあるこの絵は、当時オーストラリアのマスコットと呼ばれたクロエと言う美少女である。彼女が何をしていたかは絵を見ればだいたい想像できるが、人々はこの有名な少女をずっと大切に掲げてきたようだ。絵の周りでは昨夜のオーストラリア版スーパーボウルの優勝チームを祝う人でごった返していた。私が「優勝おめでとう」と話を合わせると、非常に喜んで杯を傾けてきてくれた。少女の絵以外は、いたる所がいつか観た映画、アイザック・ディネーセン原作の「愛と悲しみの果てに(Out of Africa)」を彷彿させる。アメリカとは似て非なる雰囲気だ。
 同じく歴史的な市庁舎前を通り、ランチに繰り出した。この街のレストランは2軒に1軒は中華である。知り合いの店に連れて行ってもらい、焼き豚、ローストチキン、ご飯、炒麺、ラーメン、それは食べきれない程であった。中国で暮らしたうちの両親によると、中国では完食するのは失礼なのだそうだ。もうこれ以上食べれません! と主張するには残さなければいけないそうである。私は全部食べてしまったが(笑)。
 街の中心にある市電の駅がハブになっていて、そこにいればすべての市電に乗れる。隣の大きな広場には荘厳な大聖堂があり、時々鐘を鳴らしてくれる。その鐘の音がビルの壁に響いて、この美しい小春日和に心地よいサウンドトラックをつけてくれているようだ。その駅でピーター夫婦にお別れ。今回メルボルンに招待してくれてコンサートを企画してくれ、そしてメルボルンの親善大使を務めてくれた。これにはお礼の仕方が分からない。きっと長い時間をかけて音楽にしていくことなのかなぁ。「3年後にまた来てくれ」と言われ快諾。お二人ともお元気で再会できることを心から楽しみにしている。
 さて、ここから私たち二人で、昨日出会った女優さんが教えてくれたセント・キルダに向かう。ピーターによれば、メルボルンのイパネマだそうである。市電で30分くらい走ると、海が見えてきた。で、駅を降りると眩い昼下がりの黄色い日差しがアンティークな建物とヤシの木に見事に反射して確かにイパネマに来たような(行ったことはないが)ハッピーな気分にしてくれる。コニーアイランドに似た遊園地があったので、よく見ると何やら提携しているようである。そのまま、ボードウォークを歩いてビーチへ。イギリスの避暑地ブライトンと同じ名前のストリートがある。これは良いなぁ。今年は南フランスまでツアーしたもののビーチには一度も行けずに帰ってきたので、10月にそれを取り戻した気分だ。
 歩き続けると海に桟橋が突き出ている。これは行くしかない。桟橋からはメルボルンの高層ビル群が綺麗に見える。この海と高層ビルの組み合わせ、これはこの街のお家芸と言えそうだ。桟橋の先端には何ともお洒落な建物があり、そこがカフェになっている。混雑しているがラッキーなことに席が取れたので、二人でコーヒーを飲む。火曜日にニューヨークを出てから、超過酷な移動、時差との戦い、初めてのベニューで初めてのミュージシャンとの演奏、パーティーと息をつく暇がなかったが、今こうして海を見ながらゆったりできることが本当に嬉しい。たっぷり夕刻まで過ごしてしまった。
 日が陰るなか、また市電に乗ってダウンタウンに戻る。今度は灯がともり始めた夕暮れの摩天楼が綺麗な川面に映えるのを見ながら散歩。フードコートに入って、私が勝手に「三食水」と呼んでいる中国のアイスティーを飲む。冷たくて美味い。
 ランチがビッグでまだお腹が空いていないので、夕食用に寿司とコロッケを買って、すっかりお馴染みとなった市電でホテルに戻る。とても充実したメルボルンの一日観光であった。
 来てよかった。そう思った。明日は飛行機でシドニーに向かう。ピーターと奥さんのゲイル、そしてメルボルンに感謝! (続く)
浅井岳史、ピアニスト&作曲家 / www.takeshiasai.com