ニューヨークの魔法 ⑰
岡田光世
I love your coat.
あなたのコート、すてきね。
I love your bag.
そのバッグ、いいわね。
見知らぬ人に、服装や身につけている物をほめられることは、ニューヨークではよくある。
ある日、美しい女の人とエレベーターで乗り合わせた。ほかに誰もいなかった。インド系だろうか。特有の輝く大きな瞳に、きりりとした口元が印象的だった。胸を張り、背筋をぴんと伸ばして立っていた。
どちらからともなく、笑みを交わした。その人は私を見つめていたかと思うと、突然、こう言った。
I love your eyes.
あなたの目、とてもすてきね。
耳を疑った。私が自分の顔で何よりも好きになれないのは、このひと重の目だった。
日本では子どもの頃、笑うと目がなくなる、とからかわれた。手でまぶたを持ち上げてふた重を作り、セロテープを貼って押さえ、このまま取れませんように、と何度、祈ったことか。
二十年ほど前、チャイナタウンの写真館でポートレートを撮ったとき、一生懸命に目を大きく開けていたのに、ほら、ちゃんと目を開けて、と何度も言われ、悲しくなりながらも吹き出してしまった。目の大きなアメリカ人に言われるならともかく、その中国人カメラマンの目だって、私とそんなに変わらないのに・・・・・・。
目の前の女の人は、誰が見ても魅力的な大きな瞳の持ち主だ。
アメリカ人のほめ言葉には素直にお礼を言う私も、このときばかりは、ノー! と強い口調で否定し、恥ずかしくて顔を伏せた。
イエス!
女の人は私に負けない強い口調で、毅然として言い返した。
とても深い、知的な目だわ。
その顔があまりに真剣だったから、ありがとう、という言葉が自然に出た。
部屋に戻ると、そのままバスルームに向かった。
鏡の前に立った。
さっきの女の人の言葉を思い出し、ほほ笑んだ自分の目を見て、私もふとそんな気持ちになった。
I like my eyes. Thank you.
私の目も、捨てたものではないかも。ありがとう。
このエッセイは、文春文庫「ニューヨークの魔法」シリーズ第3弾『ニューヨークの魔法のことば』に収録されています。