政局激動の軸になれず迷走する民主党

 トランプ政権は連邦政府のリストラ、孤立主義の外交に続いて「相互関税」政策へと踏み出した。サプライチェーンを壊すだけでなく、大不況を人工的に起こして自給自足経済を目指すらしい。混乱の規模と深度を考えると、最も弱い部分、つまり中間層以下の生活を直撃することは不可避であり、このまま進むのであれば政治的には流動化もあり得る。

 そんな中で、野党の民主党には政局の軸になるような動きは見当たらない。それどころか、内紛を抱えて迷走中である。大統領選敗北の犯人探しも収まっていない中、とりわけ、ここニューヨークにおける混乱は目立つ。

 まず、今年の11月には任期満了に伴うニューヨーク市長選挙が行われる。現職のエリック・アダムス市長はバイデン政権時代に、外国政府からの接待を受けた容疑で起訴されていた。政権交代後、アダムス氏はトランプ新大統領に接近して、起訴を取り下げてもらう代わりに不法移民摘発に協力すると約束。これを裏切り行為と受け取った民主党は市長の罷免を模索する一方で、市長は無所属出馬も辞さないとしている。

 一見するとアダムス氏は身勝手な変節漢に思われるが、話は単純ではない。まず、バイデン政権時代に、難民申請者が南部国境に押し押せた。保守派は彼らを不法移民扱いしているが、実際は合法難民申請者であるので、連邦政府としては申請を受理して審査しなくてはならない。けれども審査の期間のケアを嫌がった南部諸州は、多くの申請者をニューヨーク市に送り込んだ。アダムス氏は頑張ってその受け入れを続けた結果、市の予算は逼迫し連邦政府に支援を求めた。ところが、当時のバイデン政権は「アダムス市長は問題を処理できないばかりか、民主党のイメージを悪化させている」というニュアンスで、冷たい態度を取った。アダムス氏は、恐らくこのバイデン政権の冷淡さの延長で、自分への捜査が行われたと思っている可能性がある。事情を知る有権者の中に市長への同情論があるのはこのためだ。

 では、アダムス氏を引きずり下ろそうという民主党の有力候補はというと、元知事のアンドリュー・クオモ氏が有力となっている。同氏の場合は、コロナ禍対策の失敗を批判されて知事を辞任、その後はセクハラ疑惑も出た。だが、これら2つのスキャンダルについては身の潔白が証明されたとしてヤル気満々だ。ちなみに、この2つの問題で同氏を追い詰めたのは民主党の党内左派であり、ここにも内紛が見て取れる。

 国政レベルでは、26年の中間選挙で改選を迎えるチャック・シューマー民主党上院院内総務(ニューヨーク州選出)を、予備選段階で引きずり下ろす動きがある。市内クイーンズ区選出のAOCことアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員を上院に擁立しようという待望論がある。理由は、シューマー議員は、政府閉鎖を回避するための予算案で共和党に同調したからだ。党内左派は、政府閉鎖を発生させた方がトランプ政権に打撃を与えることができたとして、シューマー氏の妥協を裏切りだとしている。党内の世論調査ではAOC氏が大きくリードしている。ただ、彼女にスイッチした場合に保守化が見られる州全体では本選で勝てるか不透明とも言われており、AOC氏は現時点では慎重だ。

 アメリカ政治の世界では、二大政党の党内抗争は全体のエネルギーを高めるので良いとされてきた。けれども、現在の民主党の内紛には、そのようなポジティブなエネルギーは感じられない。低次元の抗争が繰り返されているということもあるが、問題はもっと根深い。

 それは、現在のトランプ政治が、「グローバル経済で稼いだカネを国内で再分配する」というクリントン=オバマ路線への「全面拒否」を突きつけているからだ。つまり国際分業を進める中で米国は「知的付加価値の生産」に専念し、製造工程は空洞化させてきたわけだが、そうなると「知的なるもの」に関心のない層は国内には居場所がなくなる。この状況への「破壊的異議申し立て」がトランプ政治というわけだ。ならば、民主党は改めて「土と油の匂いのする誠実な労働の場」をリスぺクトする、つまり80年代以前の自分たちの原点を見つめ直す必要がある。

 けれども、党内穏健派にはクリントン=オバマ路線を修正する動きは見えない。左派に至っては、米国経済を壊しかねないトランプ政治と比較すると、GXによる全体の成長プラス強めの再分配という路線は説得力を持つはずだが、一本調子のトランプ批判ばかりで上滑りを重ねている。現在の混乱は、経済的なインパクトの大きさから考えると、いつまでも続けられるものではない。けれども、野党民主党には混乱にストップをかける知恵もエネルギーも感じられない中では、共和党の穏健派に希望を託すしかないのかもしれない。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)