ニューヨークの魔法 27
岡田光世
真紅のバラの花束を抱えて、友人のアパートメントのエレベーターに乗る。中には男の人が三人いて、ひとりがリボンの付いた色とりどりの花束を抱えて立っていた。
まあ、偶然ね。なんてきれいな花、と私が声をかけると、私の花に手を向け、君のもね、とその人がほほ笑んだ。
これはフラワー・ディストリクトで買ったんだよ。あそこはすばらしいんだ。
フラワー・ディストリクトは、マンハッタンの六番街と七番街の間の二十八丁目を中心とする一帯だ。観葉植物、鉢植え、切り花、ドライフラワー、造花、資材など、花に関連するものなら何でも扱う店が、軒を並べている。
ジャングルのように造花だけで埋めつくされた店もあれば、店そのものが冷蔵庫になっている、切り花の専門店もある。
結婚式のとき、私たちもあそこで大量に花を買ってきたわ。もうずいぶん前のことだけど、と私が思い出話を語る。
ウエディングドレスの色に合わせて、オフホワイトや淡いピンクのバラをたくさん買い込んだ。
フラワーアレンジメントを習っていた友人が、私が持つブーケや夫の胸に刺すブートニアなどを作ってくれた。
教会の結婚式では、証人が男女三人ずつ、前に立った。彼らのブートニアやブーケも用意しなければならない。
式の日まで花が新鮮であるようにと、友人はアパートメントで冷房をかけ続け、彼女の夫は風邪を引いてしまった。ニューヨークの緯度は青森と同じで、五月上旬でもまだ肌寒い日がある。
それは大変だったね、と男の人が笑った。
で、と彼が続ける。
Are you still married
the same man?
今も同じ男と結婚してるのかい?
みんなが笑った。二組に一組が離婚する、アメリカ人らしい質問だ。
そうよ。
Then was worth it, right?
じゃあ、友だちもその甲斐があった、ってことだろ?
君たち夫婦が今も一緒なら、友だちの夫も風邪を引いた甲斐があったね、ということだろう。
彼はそう言うと、エレベーターを降りていった。
自分の思い出ばかり話して、彼の花束について聞くのを忘れてしまった。
ユーモアたっぷりの紳士から、あの花束を贈られる人は、想像するしかない。
このエッセイは、文春文庫「ニューヨークの魔法」シリーズ第8弾『ニューヨークの魔法のかかり方』に収録されています。