顔は撮らないの?

ニューヨークのとけない魔法 ③
岡田光世

 ある朝、家の玄関の石段に、バスケットが置かれていた。中には、殻がピンクや黄色に染められた卵がいくつかと、ウサギの形のチョコレートなどが入っていた。もう二十年ほど前に、ウィスコンシン州の高校に留学していた時のことだ。

 友人のマリー・ジョーから届いたイースターのお祝いだった。多産なウサギ(バニー)と、命の始まりである卵が、その象徴になっている。  子どもたちは卵をさまざまな色に染める。鮮やかな色の卵は、もともと春の日の出をイメージしている。また、公園や庭で、エッグハント(卵狩り)を楽しむ。いろいろなところに隠された卵を、探し当てるのだ。   この日はクリスチャンが最もおしゃれをする日だといわれる。五番街のイースター・パレードでは、華やかな帽子をかぶり、着飾った人たちが練り歩く。奇抜な格好をする人も多く、本物のイグアナを肩に乗せてやってくる日本人もいる。パレードというより、ファッション・ショーといった感じだ。観客の注目を浴びなくなると、引き上げていく。  They’re in their Sunday best.  人々は晴れ着姿だ。  昔から、教会には晴れ着で出かけたのである。日曜日にはハーレムでも着飾って礼拝に集う黒人家族を見かけるが、イースターは特別だ。最高のおしゃれをして、教会に出かけていく。  ある年のイースターに、ハーレムをぶらぶらしていると、白い帽子に黄色のバラの花とレースで飾られた見事な帽子をかぶっている黒人女性を見かけた。  この時も私は、出版される本のために写真を撮り歩いていた。イメージ写真がほしかった。  

 とてもすてきな帽子ですね。写真を撮らせてもらえますか。  そう尋ねると、その女性は少し恥ずかしそうだったが、もちろん、どうぞ、と言ってくれた。バラの花が見えるように、横を向いて立ってもらった。  

 シャッターを切り続け、十分ほど経っただろうか。 

 あの、とその人がこちらを向いた。  私の顔は、写真に写らなくていいのかしら。


 このエッセイは、シリーズ第1弾『ニューヨークのとけない魔法』に収録されています。40万部突破の「ニューヨークの魔法」シリーズ(全9巻)は文春文庫から刊行されています。

 文庫本では改行の箇所が、紙面では1文字空けになっています。

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