春呼ぶステンカラーコート

イケメン男子服飾Q&A 82
ケン 青木

 皆様、時より春の訪れを感じないこともなくはないのですが、気温はまだまだ低く冬の寒さが続いておりますね。お元気でお過ごしでしょうか。今回は春専用ということでもないのですが、実はアメリカにおいてもまた日本においても以前より街中で見かけなくなったなあ、と感じる紳士物のアイテムがありまして、今回はそのアイテムについて、今年の秋に公開されてから60年という記念の年を迎える映画の話と合わせて書いてみたいと思います。

 早速ながら、見かけなくなったのは“オフホワイトのステンカラーコート“で、公開60年記念の映画とは”Breakfast at Tiffany’s”(以下ティファニーと略す)、はい、オードリーとジョージ・ペパード演じるホーリーとポールの映画史上に語り継がれるドタバタ(ファンに怒られるか・笑)恋愛ドラマでしたね(笑)。

 二人が心の底からお互いを必要としていることが確認出来た、映画のクライマックスのシーンでホーリーはジバンシー謹製と思われる、そしてポールもチェンジ・ポケットが付いた、あえて注文服にしたのかも?と思われるトラディショナル、オーセンティックな趣ながら、ちょっと変わったディテールのそれぞれにオフホワイト系のステンカラー、そしてレディスのレインコートを着用していたのでした。

 あくまでも個人的な見解ですが、もしあの場面で二人が黒や紺のレインコート姿で抱擁、キスをしていたら映画の魅力が半減してしまっていた様な気がするのですね。この映画、機会がありましたら是非御覧を。オープニングから昔懐かしいイエローキャブが5番街を北上しながら現れティファニーの前で停車。黒いロングドレスに身を包んだサングラス姿のヒロインが朝食のパンとコーヒーを手に登場という、今のダウンサウスへの一方通行の5番街ではありえないシーンなのです(笑)。そしてなんと公開から56年後の2017年、本当にティファニーで朝食がとれる様になるとは(笑)。

 話を紳士物に戻して。1961年年頭、ケネディ大統領が43歳の若さで大統領就任。彼に合わせるかの様にスリムで若々しく清潔感あるアイビー・トラディショナルスタイルが大人気となりました。ポールが着ているネイヴィー・ブレイザー、グレーのツイード・ジャケットに白黒の千鳥格子やグレー無地のスラックスも一見シンプルでトラディショナルな既製服のように見えなくもないのですが、よく視るとそれぞれにかなり凝った注文服の様なのです。ま、彼には女性のスポンサーがおりましたが(笑)。例えば、ネイビーのブレザーはイーストサイドと思しきアパートメントハウスの階段を昇るシーンでチラリと浅めのサイド・ベンツが開いた際見えたのは真っ赤な裏地(笑)。そして本日の御題であるオフホワイトのステンカラーのレインコートにはなんと珍しいパッチ・ポケット、チェンジ・ポケット付き! チェンジ・ポケットとは通常、男性の上着の右側脇ポケットの上についている小さめのポケットのこと。小銭や交通機関や劇場のチケットを入れておくために考えられたと言われていますが、どうやら上流階級の長身の男性の上着前身頃が間延びして見えない様、ロンドンのテーラーが知恵を絞って考えたディテールなのだ、という御話が有力な様です。

 そうそう、本日の御題ステンカラーって実はJanglish、和製英語なのです!本当の御話。英米においてはBalmaccan バルマカーンとか、短くBalバルと呼ばれることがほとんどか。なぜ日本でステンカラーと呼ばれるようになったのか? この襟のデザインもまたルーツが軍服にあり、19世紀末にPrussian Collarと呼ばれていた当時のドイツ軍の軍服の襟のデザインを説明するのに英語でStand & Fall Collarと言っていたのをフランス語訳のSoutien Colが日本語化してステンカラーと成った説があります。当然英語だと思って既に使ってしまわれた方がおられるかもしれませんが、Balと言われることが多いのだ、とこれを機会覚えておいていただければ。

 最後に残念な言い方で申し訳ないのですが、日本製の平均的なレインコートは、デザインだけは肩章やウエスト調整のアジャスター等コートとしてそれほど必要と思えないディテールばかりでゴタゴタしている割りに、筒形の抑揚のないシルエットで足元が濡れやすいモノが多い様な気がしております。せめて膝丈で、しかもAラインの立体感ある、本物のレインコートを着用していると驚くほどスラックスの裾や靴が濡れないもの。コートやレインコートの大切さは、男性がこれより上には着るものがない。個人の印象を左右するシルエットの最後の砦であるということ。そして、これは僕のセリフではないのですが、もし公園のベンチが汚れていたりしたら、躊躇なく一緒にいる女性に敷物として使っていただきましょう。それではまた次回。

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 けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス・カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。