ジャズピアニスト浅井岳史の2019南仏旅日記
もう6年も前の事になる。エズからペイヨンという城壁に囲まれた山頂の村にふと遊びに行った。その日はたまたま村のお祭りで、村の人々が何故か私たちを名誉ゲストとして迎えてくれて、それが新聞にも載って大したことになってしまった。2年前は再び村に呼んでいただき、石の建物でコンサートもした。そこでできた友達が、パリのコンサートにも来てくれたり、NYで遊んだりと今でも交流が続いている。その中心的人物の女性が今回Villefrancheに家を買いプールを造ったとの事で私たちをホームパーティーに呼んでくれた。
彼女、クリスティーナはフランス在住のイギリス人オペラ歌手で、世界中で演奏をしてきた強者である。「オペラ座の怪人」の主役クリスティンを演じて日本にも行き、当時の皇太子にも謁見している。今も南仏を中心に演奏を続けていて、なんとこのパーティーでは南仏のジャズ・フェスティバルをコーディネートしているベーシストに引き合わせてくれると言うのだ。
なんとエズのアパートから車で10分足らずの斜面に彼女の新居がある。入ってびっくり。午後の陽に包まれたキャップフェラの半島と海が一望できる。その壮大さ。間髪入れずにベーシスト、マルコとのセッションになった。彼はもうすでにベースとアンプをセットアップして待っていてくれたのだ。キーも曲もテンポも何も決めずに即興で合わせる。良い耳だ!
2年前ペイヨンでクリスティーナに会った時は彼女の80歳のお母さん、ヘルガも来ていた。私も両親を連れて行ったので家族ぐるみのパーティーとなった。そのヘルガが今回もいた。そこに、ヨガのインストラクターをしている綺麗な地元の女性、家の工事を請け負うフランスの男性、さらにはサウンド・エンジニアとして長年パリにいた男性と奥さん、通りがかりのオランダ人の母と息子(何故だ?)、面白い人が集まりフランス語と英語が飛び交うお洒落なパーティーとなった。そうか、コート・ダジュールでお金がある人は、こう言う絶景な場所にお洒落な家を建てて、こういう暮らしをしているのか。
飲んで食べてが一通り終わった時、今度は正式にマルコと私の演奏が始まった。ジャズのスタンダードを次々と演奏。熱気がみなぎってきた。離れているが、ご近所にも聞こえているようで、外から拍手がなる。「ニューヨークからきたジャズ・ピアニストだ」と紹介され、カーテンコールに出る。
実はこの時、指を怪我していたのであるが、そんなことは言ってられない。痛いのを堪えて一生懸命に演奏した。その甲斐があって、彼は非常に演奏を楽しんでくれて、そこから話が弾んだ。
熱い演奏で汗だくになると、ここではプールに飛び込む。いきなりシンガーの彼女が水着に着替えてプールに飛び込んだ。わお!水着を忘れた事を痛烈に後悔していたら、マルコが貸してくれた。急いで着替えて私もドボン。この気持ち良さはなんだ。コート・ダジュールで真夜中のプールパーティー?ありえない。
オペラの歌手の彼女は歌っても歌ってなくても、とにかく華がある。プールから上がって話し込んだ。私がウゼで聞いた宗教曲、彼女にはアイデアがあって、私にCDを紹介してくれて、パリのエンジニアがセットアップしたばかりのオーディオシステムでかけてくれた。石でできた白い彼女の家に、モダンでかつ伝統的な宗教曲が鳴り響いた。NYでも一度相席した彼女の元カレは指揮者&プロデューサーで「オペラ座の怪人」や「キャッツ」の作曲家アンドリュー・ロイド・ウェーバーと仕事をしていたと言う。みんななんてセレブなんだろう。
小腹が空いて再び飲み食いが始まる。最後にもう一度ピアノの部屋に戻りみんなでセッション。彼女が面白い提案をしてくれた。来年、北イタリアの湖水地方にあるマッジョーレ湖に行こうと言うのだ。その湖に浮かぶ島が宮殿になっていて(これって絶対宮崎駿の「紅の豚」の舞台になっているところだ!)、白い孔雀がいてピアノが置いてあるそうだ(笑)。そしてそこにあるホテルには、ヘミングウェイが「武器よさらば」を執筆した部屋が今も残ると言う。「A Farewell to Arms」私が若い頃読んでマジで感動した名作である。余談だが、その物語に描かれている事、イタリア戦線で英国人のナースと恋に落ちた事、二人で戦火を逃れ、湖を手漕ぎボートで渡ってスイスに逃げた事など、全てがヘミングウェイの実体験から描かれている。それはサンドラ・バロック主演の映画「In Love and War」に描かれた。
マッジョーレ湖の話はパーティーの戯れ言になると思うが、NYに帰ったらマルコから直ぐに連絡があって、来年の6月の南仏のジャズの演奏が決まった!なんと言う光栄。同じ月にロンドンでも演奏が決まっているので、ヘルガをイギリス宗教音楽のメッカでもあるブリストルに尋ねようと思う。彼女、80歳であるがとても可愛くて何故か私の両親を気に入っている。
ちょっとやそっとでは消化できない程の感動を得て、みんなと別れの挨拶をする。帰路につきながら、自分に何が起こっているのかわからなかった。分かる事は、来年もここへ来るだろうと言う事だ。
南仏ありがとう。プロヴァンスもコート・ダジュールも、私は前世でここで住んでいたと思わせるくらい、不思議な縁に満ち溢れていた。
来週はエジプトだ! (終わり)
浅井岳史(ピアニスト&作曲家)