古都アングレームの休日(前編)

ジャズピアニスト浅井岳史の南仏18旅日記(1)

 パリから南仏に移動して3日目。昨日は深夜にコンサートから帰宅したので、当然朝寝坊をした。ホストのオロールはいつも置き手紙をダイニングテーブルに置いてくれる。そこには、「アングレームのシャラント川に歩いて行くと気持ち良いよ。で、川を歩くと日本のアニメの学校があるわよ。そこから、アングレームのダウンタウンに行けるよ!」とあった。
 早速、朝食を済ませて、カメラを持って出かける。この街は初めてではないので、いろいろな所を知っているが、川に行ったことはなかった。27歳のソルボンヌ大学出身のオロールは農業政策の仕事をしているだけあって、自然が好きで、特に川が好きなようだ。日本でもアメリカでも護岸工事をしてしまった川がほとんどだが、フランスは川岸が昔のままの形で流れている。そのせいか深い緑の水の綺麗さと合間って、それだけで歴史を感じてしまう。
 そのシャラント川に歴史的な橋がかかり、歴史的な建物が並ぶ。急にデザインが格好良いモダンな建物と古い石造りの城壁が見える。総合イメージの学校や、美術の学校に混じって、「Human Academy, L’Ecole Japonaise de Manga, Anime, Jeux Video」というビルを見つけた。そうなのだ、このアングレームは実はヨーロッパでは有名な漫画のメッカで、多くのアニメスタジオがある。当然他の国からも多くの生徒が勉強に働きに来ている。道路標識が吹き出しで書かれているところに街ぐるみの気合いを感じる。いつぞや、イタリアから来たというアニメーターに出会った。そして、日本のアニメを学ぶための学校が、この古都アングレームにある。私はアニメファンではないのだが、きっとその道の方はご存知だと思うが毎年アニメフェスティバルも行われているようだ。しかもこの学校、12世紀の修道院の跡地に建てられていて、いまでもその建物の石の壁が残されている。古都の遺産を大切にしながらきちんと現代のアートを研究するその姿勢は素晴らしい。村おこしの格好のケースではないか。
 さて、歴史の街アングレームはヨーロッパの他の歴史的な街と同じように小高い丘の上に立つ城壁都市である。と言うことは、この修道院跡の学校から街の中心地まで、かなりの丘を登らなければならない。いつもは車で何気なく通っているが、今日は歩いて登る。
 息切れと戦いながら、ほぼ垂直の崖を30分登るとそこには、白い石の建物が綺麗に並ぶ中世の街がある。お腹が空いたので、一番近いベーカリーに入る。とても親切なおばさんがサンドイッチをくれた。パリに比べると驚くほど安い! 田舎はいいなぁ。
 ここまで来るともう何度も見ているが、市役所に行かなくてはいけない。先ほどの学校が過去と現在の賜物であると言ったが、ここにも中世の砦と近世のネオゴシック宮殿が見事に調和した荘厳な市庁舎がある。なんとフランソワ一世の居城であったのだ。フランスの王朝はサリック法を厳守してイングランドとは違い男性存続である。従って、王朝はカペー家、バロア家、ブルボン家しかない。が、そのバロア王朝の最後のブランチをバロア・アングレームという。ちなみに、現在のニューヨークを発見した最初の西洋人は、このフランソワ一世の資金援助を受けたイタリア人のベラザノで、それ故にニューヨークは最初ヌーベル・アングレームと呼ばれた。
 荘厳な建物の前にある女性の像はフランソワ一世の姉、マルガリータ・デュ・バロア(ナバール)である。ボッカチオのデカメロンから触発され、文才あふれる彼女はヘプタメロンという物語を著した。デカメロンと同じ形式で10人の貴族が洪水の避難先で一日一話を披露するという構成である。その登場人物一人ひとりに曲をつけるプロジェクトに取り組んだことがあった。そのうちの一曲がフレンチトリオでレコーディングされCDに入ってリリースされている。Hircamという曲で方々で好評を頂いたが、フランス人の誰もが曲名は愚か、ヘプタメロンの存在を知らなかった(笑)。
 さて、近くにBio(フランスではOrganicのことをこう呼ぶ)の店があったので、農業政策に従事するベジタリアンのオロールのために、Bioな野菜を買って料理をして差し上げようと、新鮮な野菜と果物を買ってバックパックに直接詰めて家に帰る。
 彼女が仕事から帰ってきた。初めて見るドレスアップした彼女にビックリしながら夕食を準備していると、いきなりガスが止まってしまった。どうやらプロパンガスがなくなったようだ。仕方ない、半煮えのパスタと生の野菜を並べて、庭で夕食。なんとかなるものだが、明日はプロパンガスを買いに行かねばならないようだ。
 優しい彼女は、仕事の疲れにもかかわらず、食後に車で夕陽を見に連れて行ってくれた。近くに、フレアックというまた古い街があって、そこに12世紀のノートルダム聖堂と市役所と小さな城がある。二人で綺麗な街を散策する。さらに彼女は、近くに流れる溜息が出るほど美しい川に連れて行ってくれた。そして夜10時、二人で川縁に座り、沈む直前の陽の光を見事に反射する美しい川面を眺めていた。ちょっとロマンチック過ぎ(笑)。   (続く)
浅井岳史、ピアニスト&作曲家 / www.takeshiasai.com