昨年秋に発足した岸田政権は、10月の衆院選で予想外の善戦を見せて以来、50%を超える安定した支持率をキープしている。当初は、デルタ株がほぼ収束したことでコロナ禍に「一息ついた」ことが政権の追い風となった。その後、オミクロン株の流行で年明け以降は一気に感染が拡大したが、現時点では支持率が激減するようなことは起きていない。
一部には私たち在外邦人を含む入国者に対する過剰なまでの「水際対策」を徹底したことが、世論に歓迎されているという説がある。国外から見れば残念としか言いようのない政策だが、東京五輪を強行した前任者とは正反対の姿勢ということから好印象となっているようだ。加えて岸田総理の場合は、会見でも国会質疑でも受け答えは実に歯切れが良く、それだけでも過去数代の総理大臣より好感が持たれている。勿論、発言の内容は十分に予防線を張ったもので、切れ味があるわけではない。よく聞いてみれば答弁の多くは一般論に終始している。それでも「聞いたことにはちゃんと答える」姿勢は現時点では効果を上げている。
では、このまま岸田政権は安定して行くのだろうか?
一部には野党、とりわけ立憲民主党の人気が低迷している中では、7月に予定されている参院選では与党が有利という見方がある。従って選挙に勝った後の岸田政権はより強固となって、長期政権を視野に入れるだろうという楽観的な予測もある。だが、そう簡単には行かないであろう。どんな時代でもやはり、政局の「一寸先は闇」だからだ。
一見すると盤石に見える岸田政権だが、実は3つの難題を抱えている。
1つ目は、コロナ禍への対策だ。米国の例を見ていると、オミクロン株の感染拡大は、急上昇したのちは急速に減少に向かっている。だが、日本も同様の推移を見せるかというと不安材料がある。菅政権による2回接種は成功した一方で、3回目の「ブースター接種」が普及していない。岸田政権は、ファイザー社製のワクチンの入手が遅れる中でモデルナ社製のワクチン接種を推奨しているが、副反応の懸念が世論に広く行き渡る中で反発も出ている。ということは、アメリカのような急速な収束が遠のき、オミクロンとの戦いが長期化する危険がある。今回の「波」を受けて医療体制も再び翻弄されており、医療崩壊の可能性も出てきた。仮にそうなれば、今回も国民の不満が政権への批判となる可能性は十分にある。
2つ目は、ここへきて浮上してきた憲法論議だ。岸田氏は宏池会という派閥の領袖だが、宏池会は創始者の池田勇人以来、経済を重視する一方で、全方位外交と軽武装を政策とする中道主義を掲げてきた。従って、自民党内では真ん中やや左の立ち位置である。だが、憲法改正問題に対して岸田氏は積極的な姿勢を見せている。改憲を党是として、保守票を多く抱える自民党にあって、政権を維持するには党内対策として改憲論を唱える方が得策ということが背景にはあるようだ。また、自公の与党に加えて維新を加えた改憲勢力が優勢となる中では、その政治的な波に乗りたいということもあるのだろう。
だが、この問題は両刃の剣である。憲法論議に前のめりになれば、公明党が離反する可能性もある。コロナ禍など社会不安の中、直近の課題が山積する中で改憲論議ばかりが先行するようだと、第一次安倍政権の時と同じように民意が離れていく可能性もある。
3点目は経済問題であり、これが最も深刻だ。コロナ禍の真っ只中である現在、政府は公的資金を投入して何とか危機を乗り切ろうとしている。従って危機の間は、良くも悪くもカネは回る。問題は、コロナが収束した後だ。支援の相当部分は貸付という形を取っている。ということは、社会活動が再開されるということは、凍結されていた返済がスタートすることを意味するわけで、その瞬間に多くの企業が淘汰される危険がある。これに伴って地方の不動産価値が下落すると、多くの地銀は困難に直面する。
また世界的な原油高、原材料高が続く一方で、更に一段の円安が襲うと一転してインフレが制御できなくなる危険も指摘されている。問題はエネルギーであり、化石燃料依存体質を克服できなければ製造業は更に国外流出を加速するだろう。
この3点の難題に取り組む姿勢を見せられるか、岸田政権の命運はここにかかっている。
(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)