ニューヨークの魔法 ⑭
岡田光世
ホームレスの青年と出会ったすぐそばで、携帯電話会社が真紅のバラの花を配っていたので、一輪もらった。
その東側で、また地べたにすわり込んでいる人がいた。膝の上に段ボール紙を置き、 マジックで何か書いている。長い髪に顔が隠れてよくわからなかったが、女性のようだ。
そこへホームレス仲間らしき男の人が近寄ってきた。
何してるの? と私が声をかけた。
女性が顔を上げて答えた。この人、私のダンナなんだけど、字が汚いから、「ホームレスです」っていうサインを書いてあげてんのよ。
夫婦で路上生活をしているのか。
Happy Valentine’s Day.
そう言って、さっきもらった一輪のバラを、女性にあげた。
彼女の顔がパッと輝いた。Thank you. と受け取った花を胸に引き寄せる。
彼女の夫が花に顔を近づけて、バラの香りをかいだ。
ああ、いい匂いだね。
私はふたりのなれそめを聞いた。
教会で知り合った人に、彼を紹介されたの。そのときは、ふたりとも職があったのよ。 私は救急医療の仕事をしていて、祖父母と一緒に住んでいたの。
僕はコンピューター技師で、母親と住んでいたよ。母親の容態が悪くなって、その医療費やホスピス代で貯金を使い果たしたんだ。家も手放して、それから路上生活だよ。
シェルターには行きたくないの?
行ったわ。私たち夫婦で個室をもらえたけど、部屋に鍵はかけられないの。刑務所から出たばかりの人もいるし、怖くていられなかった。でも援助団体のおかげで、もうすぐアパートメントが借りられそうなの。
今も神を信じている?
当たり前でしょ。なぜそんなことを聞くのかしらとでもいうように、すぐに答えた。
女性が髪をかき上げたとき、初めてホームレス特有の臭いがした。
今はこのすぐそばの教会に、夫婦で行ってるの。歌が素晴らしくて、彼がすごくそこが気に入ったから。いつもふたりで、後ろの席にすわってるわ。
周りの人たちに気をつかって、礼拝堂の後ろで、ふたり寄り添う様子が目に浮かぶ。
私は女性にそっと、チョコレートを差し出した。
わぁ、チョコなんて久しぶり。大好きなの。
「X」と「O」を交互に見ながら、キスとハグ、どっちがいい? と彼女が夫に聞く。
え? どっちでもいいさ。恥ずかしそうに彼が答える。
じゃあ、あなたにキスをあげるわ。
女性と私に礼を言って、彼が「X」のチョコを受け取る。
ふたりはすぐに、包み紙を開けた。美味しそうにチョコレートをなめる彼を、妻がじっと見つめている。そして、書きかけの段ボール紙を手から離すと、彼に近寄った。
ふたりはぴったり抱き合い、キスを交わす。
本物のXとOに、私のチョコレートなどとてもかなわない。
Happy Valentine’s Day to you both.
おふたりへ、幸せなバレンタインデーを。
今回のエッセイは「ニューヨークの魔法」シリーズ第9弾『ニューヨークの魔法は終わらない』に収録されています。