客室乗務は楽しい  ニューヨークの魔法

 シカゴでミネソタ州のセントポール・ミネアポリス行きのアメリカの飛行機に乗り換えた。ミシシッピ川沿いのこのふたつの街は隣接しているので、ツインシティーズ(双子の都市)と愛称で呼ばれることが多い。

 五十代ほどのアメリカ人の女性客室乗務員が、私の搭乗券の半券を見て、座席をチェックし、言った。

  座席が隣同士じゃ、ないじゃないの。

  私は首を傾げた。ひとり旅なのに。

  私の二メートルほど先で、通路を窮屈そうにのそのそと歩いている白いシャツを着た男の人を指差して言った。

  あれ、あなたのダンナじゃないの?

  その男の人は丸刈りで、太っていた。後ろ姿だったので顔はよくわからなかったが、乗客は白人が多いなかで、その人は東洋人らしかったので、乗務員は勘違いしたのだろう。

 違うわよ。

 私が答えた。

 あ、そ。

 そう答えてから、乗務員が私の耳元でささやいた。

 You can do better.

 あなたなら、もっとうまくやれるわよね。

 つまり、あなたなら、あれよりまともな男をつかまえられるわよ、という意味だ。

 あら、そんなこと、言っていいの?

 私がわざと驚いた顔をして、笑いながら彼女を見ると、再び耳元でささやく。

 Don’t tell him that.

 あの男には内緒よ。

 そう言って、彼女は楽しそうに大笑いした。

 日本の航空会社の乗務員がそんな発言をしたら、どんなことになるだろう。

 座席に着いて、離陸するのを待っていると、アナウンスが流れた。

 Let me have your undivided attention.

 divideは「分ける」。つまり、分割させずに、全神経を集中して、しっかり聞いてください、ということだ。

 左側におすわりのお客様、足元をご確認ください。機内で携帯電話をなくしたお客様がいます。

 この飛行機を降りた客が、落としたことに気づいたのだろうか。

 まもなく、通路の反対側の前方で、白人の男の人が携帯電話を上に掲げて見せた。足元に落ちていたのだろう。

 先ほどとは別の乗務員が、笑顔でその乗客に近づき、サンキューと言うと、今度は乗客全体に向かって声を張り上げる。

 Congratulations. We have the winner over there.

 おめでとうございます。あの人が見事、栄冠を勝ち取りました。

 乗客が拍手で応える。

 これだけ自然体で仕事をしていたら、ストレスもなさそうだ。

  乗務員が楽しそうだと、乗客も楽しんでやろうと思うようだ。

  成田ーニューヨーク間のフライトでは、食事の前に何度か飲み物が出される。

  ある男性の乗客が二度続けて、ジンジャーエールを頼んだ。

  三度目に、前と同じ白人男性の乗務員が、飲み物を積んだカートを運んできた。

  さあ、僕は何を飲みたいでしょう?

  乗客が乗務員に尋ねた。

 乗務員はあごに手を当ててちょっと考えるふりをしてから、ニコニコしながら、黙ってジンジャーエールの缶を乗客のテーブルに置いた。

 ちなみにこの乗客は、私の夫である。

 このエッセイは、「ニューヨークの魔法」シリーズ第4弾『ニューヨークの魔法のさんぽ』に収録されています。

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