森の星たち

中川画伯の絵911記念博物館に

米同時多発テロから20年の追悼

 ニューヨーク在住のアーティスト、中川直人さんが米国同時多発テロの1週間前に描いた作品「森の星たち(Stars of Forest/2001) がこのほど911記念博物館に収蔵された。ハドソン川に浮かぶコケをモチーフに命の尊さを描いたこの作品は、これまで20年間、アラン・ギンズバーグという投資家の個人コレクターが所蔵していたが、今年になって寄贈が決まった。

 2001年9月11日火曜日の朝、中川さんはグラウンドゼロに近いトライベッカのアトリエで絵の制作をしていた。ズンとビルが地響きを立てて揺れた。妻から飛行機がビルに突っ込んだという知らせが携帯にあった。屋上に上がって見ると世界貿易センタービルのノースタワーから炎が上がっていた。とんでもない事故が起こったと思った。呆然として見ていると2機目がサウスタワーに突っ込んだ。事故ではないことを悟った。タワーの近くで働いていた息子が真っ白い灰をかぶって飛んできた。空から降ってきた見てはいけないものを乗り越え走ってきた恐怖で顔が怯えていた。

 「この絵は、ピカソが戦争に反対して怒りで描いたゲルニカとは違う。命の尊さを描き癒やしをテーマにしたものなんですよ」。静かに語る中川さんの声に乗って放射状のコケが赤、青、白に色を変えた魂となって天に昇華していくようにも見える。離れて見ると絵の中央に大きな十字架が浮かび上がっていることは中川さん自身も気がつかなかったという。

 23日、ニューヨーク総領事の山野内勘二大使とジョシュア・ウオーカー・ジャパン・ソサエティー理事長が9・11博物館のアリス・グリンワルド館長の案内で絵の作者、中川さんと対面した。山野内大使は「この絵を見て3つ感じたことがある。一つは亡くなられた方々への追悼の気持ち。魂が安らかになりますようにという気持ち。2つ目は、世界にはテロなど課題がいくつもあるが、この絵を見てそれを乗り越えていくという人間の力強さと希望を感じる。3つ目は中川さんが絵を通じて世界の平和を発信しているのを見て、日本の外交官として外交の観点から自分にできることをしっかりやっていこうと思った。希望と人間のしなやかさと力強さと優しさにあふれた素晴らしい作品だと思う」と話した。

 グリンワルド館長は「とてもスピリチュアルな作品だ。コケは自然界の中でも生命体の源を代表するようなもの。魂が大きな船に乗って旅立つように見える」と感想を述べた。またウオーカー理事長は「20年の歳月を経て除幕された作品はニューヨークだけでなく世界規模で人々の心を結びつける。白と緑のコケが星となっていく森の姿に感動した」とコメントした。

 中川さんは1944年神戸市生まれ、1962年からニューヨーク在住。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、マサチューセッツ工科大学、ウースター美術館、国立国際美術館、京都国立博物館に作品が収蔵されている。ナショナル・エンダウメント・オブ・アートから助成、コロンビア大学とパーソンズ・デザイン大学でも講義をしている。日本画の村上華岳(1888〜1939)の孫。米国同時多発テロから20年。今年は中川さんの作品が同博物館を訪れる多くの人たちの心を癒すに違いない。

(写真)山野内大使(中央)やグリンワルド博物館館長(手前)、ウオーカーJS理事長らに絵を説明する中川さん(23日午後、三浦良一撮影)