恐怖と妄想の果てに The Art of Self-Defense

 真面目に働き30余年を平穏無事に生きてきた男が暴漢に襲われたのを機に自分を根底から変えようとする。ブラックコメディー、カルトコメディー分野を得意とする「フォールツ」(2014年)のライリー・スターンズが脚本・監督。爆笑シーンには背筋に冷たいものを感じるダークさがしっかりはりついた相反仕立てだ。
 マッチョマンから最もかけ離れた位置にいる主人公ケイシーにはジェシー・アイゼンバーグ。「ソーシャル・ネットワーク」(10年)のマーク・ザッカーバーグ役でアカデミー主演男優賞にノミネートされるなど演技力には定評があり、弱腰で繊細なケイシーが自分を乗り超える過程で表情や歩き方はもとより指の動きまで主人公の心理を精妙に表すあたりは脱帽レベルだ。
 ケイシーは会計士として会社勤めをし、休暇もあまりとらずボスからは信頼されている。おとなしく体もスリムでどこか中性的で他の男性社員からは浮いている。感情の起伏を表に出す方ではなく、ペットの犬も飼い主に似たのか、ケイシーが帰って来ても尻尾を振って飛び着いてきたりせずじっとソファに座っている。
 ある夜、ドッグフードを買いに行った帰り、ヘルメットをかぶった数人の男に暴行され重傷を負った。ケイシーは傷が治ってからも恐怖で身が縮まりトラウマに苦しむ。護身用に銃を買いに行くが、銃が唯一の頼りというのは銃が無かったら全くの無防備状態になり心もとない。
 たまたま通りかかった空手道場で練習を見学、センセイ(アレッサンドロ・ニヴォラ)と呼ばれる指導者と話し、空手で自分を鍛えることで護身術が身につくのではと始める。熱心な練習と訓練の結果、ケイシーは恐怖心が少しずつ薄れていくような気がするが、まだまだ実戦では使えない。
 ケイシーの心を読み取ったセンセイは選ばれた者だけが参加できるナイトレッスンをトライしてみないかと誘う。それは今までの訓練とは違う異様な光景だった。
 恐怖、トラウマ、妄想がジグザグで進行する悲喜劇的ホラー・ファンタジーともいえる。1時間44分。R。(明)

■上映館■
AAMC Lincoln Square 13
1998 Broadway
AMC Loews Village 7
66 3rd Ave. (11th St.)
Regal Essex Crossing & RPX
129 Delancey St.