館内庭で世界初演
5月17日から3日間、メトロポリタン美術館(通称メット)で新作のオペラが発表され、好評を博した。
Murasaki’s Moonと題されたこの作品は、一般的に世界初の長編小説として知られる『源氏物語』をベースに、その作者である紫式部に焦点を当てた約1時間のミニオペラ。1008年の平安京の宮廷内を舞台に、紫式部と光源氏、そして脇役の僧侶の3人が登場する。時の天皇、中宮彰子に仕える紫式部は本を読むインテリで美しくないという理由から他の侍女達に疎まれ宮廷内で独りぼっち。紫式部が自ら創り出した架空のキャラクター光源氏との掛け合いを通して展開し、彼女の心の奥底に潜む悩みや苦しみにスポットを当てている。
このオペラはメットのアジア館にあるアスターガーデンで上演するためにつくられたオンサイト作品で今回が世界初演。現在メットで開催中の『源氏物語』展の教育プログラムとして制作、同館の庭でしか観ることができない。7人の奏者で構成されたオーケストラの琴や横笛、太鼓といった和楽器の奏でる調べが際立って美しい。定員約70人の会場は、中央が帯状に空けられ両側に観客席を設けることでステージをつくっている。出演者と観客の距離の隔たりがないせいかシンプルな舞台設定も物足りなさを感じさせない。実際、光源氏役が何人かの観客を物語のなかのキャラクターと見立ててやり取りする場面もあって会場の笑いを誘う。特に印象に残ったのは光源氏が紫式部に向かって歌う最後のアリア「僕は貴方の深層心理で貴方の心の中に住んでいます。僕が貴方に放った言葉は残酷だったかも知れないけれど、それは実は全部貴方の中から出てきた貴方自身の言葉なのです」。そして紫式部は『源氏物語』に真実を書いていくことが自分の目的であり定められた運命であることを確信する。
コネチカット州から来たダリー・メイデンさんとクリスティー・セサロッシさんは、「すべてがとても美しく、吃驚した」と話した。ウォールストリート・ジャーナル紙にパワフルで存在感のある紫式部と評価されたクリスティン・チョイさんは「千年前の優雅でおしとやかな紫式部と、現代版紫式部を両方表現できるよう工夫した」と語った。
Murasaki’s Moonはメット・ライブ・アーツ、オン・サイト・オペラ、アメリカン・リリックシアターが共同委嘱。作曲はミチ・ウィアンコ、脚本はデボラ・ブレヴォート、演出はエリック・アインホーン。(高渕直美/メトロポリタン美術館広報担当シニア・オフィサー)