トランプ新政権が発足し、即座に大統領令などによる政策変更が進められている。ニューヨーク市内でも不法移民の摘発が始まったが、当初は凶悪犯や累犯者の拘束が中心であり、大きな混乱は避けられている。当面の課題は対カナダ、メキシコの関税問題だが、一気に大統領令に署名したり、一か月延期したりと、やりたい放題である。さまざまな混乱の程度は予想をやや上回っているが、社会経済が動揺するまでには至っていない。
そんな中で、日本の石破総理が来米する形で日米首脳会談がセットされた。特に具体的な課題もない中では、焦って会っても石破氏としては墓穴を掘るだけという考え方も成り立つ。けれども、トランプ氏に会いたくても会えないという状態が続くと、日本国民の不安感が膨張して、その矛先は石破氏へと向かってしまう。参院選以降の政権維持に希望を捨てていない石破氏としては「会わない」という選択はなかったのであろう。
では、会って何を話すかだが、相互の事務方の折衝は既に動いており「日米同盟を強化する」という方向で作業が進んでいるという。別に何か問題を持ち出して「事を荒立てる」必要はないし、米国では多くの他のニュースに埋もれても構わないということだろう。日本向けに「石破氏がトランプ氏と会って、日米関係は安泰だ」という報道が流れれば石破氏としては成功という計算とも思える。
けれども、こうした姿勢は危険であると思う。何よりもトランプ氏とその支持層というのは、「無難」とか「現状維持」を嫌う。表情の見えにくい日本人の態度には80年代以来反感を持っている危険もあり、今回は「無難な共同声明」に付き合ってくれたとしても、心の奥には「ちゃぶ台返し」への誘惑の種を抱える可能性もある。
何よりも、そんな姿勢では国家としての威信も何もあったものではない。故安倍晋三氏がどうしてトランプ氏とウマが合ったのかと言うと、インテリでは「ない」匂いやリベラル派を敵に回しているという共通点だけではなかったと思われる。安倍氏が日本の国益という意味では一歩も譲らなかった中で、丁々発止の対決を通じて相互にリスペクトを感じたのではないか。トランプ氏とはそのような人物であり、反対に、最初から「無難な現状維持」を「懇願」するような姿勢を見せれば破滅するまで追い込まれる危険もある。
石破氏は、トランプ氏の年内来日を招聘するという。来日時までの総理交代を防ぐという姑息さ、そして関係が良好だというアピールを狙っているのは明らかで、これもトランプ氏に「弱み」を見せているようで危険性を否定できない。それよりも何よりも、石破氏としては、日本という国家の威信を示し、今後の日米関係に懸念を残さないことが何よりも大切だ。2点提案したい。
1つは、トランプ内閣の情報長官についてだ。トリシ・ギャバード元下院議員がCIA、NSA、各軍の情報局を束ねる情報長官に就任の見込みだが、彼女は「日本の軍事大国化は中国との緊張を激化する」という意味不明の反日言動を繰り返している。これは放置できない。そこで、初回の日本での「2+2」協議の際に彼女に来てもらい、自衛隊がいかに米軍と緊密に活動しているか、また防衛費の増額はそのまま米国の負担減と相殺されて抑止力を維持する目的だと理解してもらう、これを大統領に確約してもらうべきだ。
もう1つは、トランプ大統領をトヨタのケンタッキー工場に招待して視察してもらうことだ。日本が高級車の高度な艤装組み立て技術などもオープンに移転し、何よりも巨大な米国雇用、米国経済に貢献している姿を感じてもらうのだ。日本の自動車産業は米国経済の脅威とは正反対だということを改めて認識してもらい、その上で、改めて追加の対米投資などの「お土産」は、そこで渡せばいい。
ギャバード氏などは、仮に日本に国力があれば内政干渉も辞さずに批判してもいいが、そんな力は今の日本にはない。であれば、受け入れたうえで無害な存在に変わってもらうしかない。通商摩擦も標的になるのを避けるには追加の投資や雇用創出をアピールするしかないであろう。とにかく、この2つを胸を張ってやれば、トランプ氏にも「顔の見える」交渉相手と認識されるし、何よりも日本の世論の懸念は落ち着くのではないか。
(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)