心の闇と異常行動を問う

村上 龍・著
文春文庫・刊

 日本でいま村上龍ほど爆発的という言葉が似あう作者はいないだろう。デビュー作にして芥川賞を受賞した『限りなく透明に近いブルー』をはじめ、『コインロッカーベイビーズ』『愛と幻想のファシズム』『希望の国のエクソダス』などの代表作を生み出し、一時期はかの村上春樹と並び、文芸界からW村上と呼ばれた片割れで日本を代表する作家の一人であるが、その作風は似ても似つかない。この作家が描く作品はみなすべからず現代社会の裏側に潜む闇をせきららに描き出し、ときに不快な吐しゃ物を見せられているようで目を背けたくなる内容であるが、文章の中からほのかに醸しだされるロマンチズムが読者を本の世界へと釘付けにする。そんな矛盾を矛盾と感じさせずに引き起こす化学反応は爆発的と形容する他ないだろう。そんな著者が本書で描くのは現代日本に住む者たちの心の葛藤である。
 物語は「満州国の人間」と名乗る老人からのNHK爆破予告電話から始まり、それをきっかけに元新聞記者のセキグチが大規模なテロ計画へと巻き込まれていくというものである。テロリズムという過激なテーマを扱った本編もさることながら、著者の作品すべてに通じる面白さは登場するキャラクター一人一人の魅力にあり、その人物たちの掛け合いにある。たとえば本編の主人公であるセキグチは職を失い妻子にも逃げられ、生きる気力と目的を失ってしまった常時精神安定剤を服む50代の男性である。彼はどこか現実から一歩離れた場所から社会を観察しており、我々読者が共感できるような眼を通して物語は展開していく。そんな彼が出会っていくのが物語の要となるキニシスギオという謎の老人組織に属する人々や社会に馴染めきれない情緒不安定な若者たちである。彼らは皆独特の思想と政治観を持っており、時折述べられる彼らの世界観は常識人の枠を超え、生々しくも説得力のあるものである。そんな彼らを、セキグチという共感しやすいキャラクターを支点に観せることで、我々までもが物語の中に立ち、セキグチとともに行動しているような気分を味わわせてくれる。
 この作品を読むにつれ思い起こさせるのが近年見られる、動機不明の若者による犯罪である。人を殺していけない理由がわからない若者や、突発的に人を刺してしまうような人間の理解不能な心理をこの作品は描こうとしているようである。一体どういう原因により、人間は異常な反応を起こしてしまうのか、その異常性は果たして本当に異常であるのか、または社会の異常性にあてられてしまった人間の正常な反応なのか。見方によってはこれは600頁に及ぶ著者から読者への大きな問い掛けともとれる。
 しかし、この本のすごいところは壮大なテーマや過激な内容だけにとどまらない。ネタバレになってしまうのでこれ以上述べることはできないが、一言。本編の主人公を主役と思うなかれ。これは村上龍という偉大なストーリーテラーだからこそ成し遂げられる大作だと私は思う。 (多賀圭之助)