赤塚不二夫+杉田淳子・著 小学館・刊
昭和30年代に子供時代を過ごした者にとって、赤塚不二夫という漫画家は、名前の「文字面そのもの」ですら大きな意味を持つ特別な存在だった。名前の背後に、おそ松くん、チビ太、イヤミ、デカパン、だよーん、だじょー、トト子ちゃんの顔がすぐ浮かび、続いて天才バカボンのパパや、ニャロメ、ケムンパスのキャラクターのオンパレードとなる。もちろん、日本の漫画界では、手塚治虫が頂点だが、赤塚不二夫や、オバQやパーマンを生み出した藤子不二雄、ブラック団のつのだじろうたちは、子供目線で、馬鹿げたお笑いギャグ漫画を連発して子供たちを抱腹絶倒の渦に巻き込んでいった時代のヒーローたちだった。
なかでも、特段、赤塚不二夫の漫画には、暗さや危なさのないナンセンスが満載で、時に子供達に世の中の現実を新聞や大人たちが目にする書籍ではお目に書かれないリアルさで伝えた。
作品の中で、こんなエピソードの漫画があった。目の前に、ぐでんぐでんに酔っ払った中年オヤジがいて、会話のろれつもまわらず、目もうつろ、返事もめちゃくちゃで、手足もフラフラに畳の上に投げ出して、どう見ても泥酔状態。実は、この状態が、この男性にとってのしらふ状態で、コップ酒を一気飲みした瞬間、その男性は、いままでのぐてんぐでん状態が嘘のようにシャキッとなって、顔立ちもまともな紳士に早変わり、背筋も伸びて眉間にちょっとシワを寄せて、七三に分けた髪で畳に正座し、眼鏡に手を添えて一言。「いや、すっかり酔ってしまいました」と神妙に言う。酒を飲んだ方がキリッっとしてまともになる不条理を子供にも分かるように描いた。いまとなってはどの作品のなかのどのコマだったのかは思い出せない。あれは、赤塚自身のことだったのかもしれない。
今回小学館から発行された『これでいいのだ・・・さよならなのだ』は、ほぼアルコール依存症になって、病室にまで酒を隠し持って酒と縁を切ることができなかった赤塚不二夫の日常生活を本人が2000年3月から翌年5月まで月刊『サライ』で連載したコラムにシンクロさせて当時漫画編集者だった杉田さんが彼の死後10年後に綴った回顧日記のような本だ。
ピーク時には、週刊誌5本、月刊誌7本に連載を持つ超売れっ子で「漫画家開店休業」時代も講演会、サイン会に全国を回った。旅先でもホテルの部屋を出ることなく、テーブルに酒の小瓶を並べて酒びたり。20代前半からそんな生活をしていた様子がわかって、あれだけの名作、名キャラクターの数々を生み出したギャグ漫画家の素顔に触れる思いだ。
トキワ荘時代からアイデアを生み出すために布団にもぐってウーンウーンと唸って苦しんでいる姿が目に浮かぶ。そんな時に苦し紛れに飲んだ酒から次々とアイデアやキャラクターが生まれていったのかもしれない。本書は、天才ギャグ漫画家の漫画よりも漫画っぽいハチャメチャドタバタのちょっと哀しい普通の日々が織り込まれている。(三浦)