米国のよき時代を経験した

佐々木 健二郎・著 荒蝦夷・刊

 ニューヨーク在住のアーティストで文筆家の佐々木健二郎さん(82)が書き下ろした自身半世紀以上に及ぶニューヨーク暮らしを、時系列に沿って、つぶさに、そして正確な記憶と当時の日記や新聞のスクラップをもとに記した珠玉のエッセイだ。
 そこには、短期間の滞在や旅行、一時的な在留で感じる表面的な日米文化比較の上澄みではない「等身大の生活者として見たニューヨークの時代変遷」を当時の空気そのものをページの一枚一枚に吹き込んで読む者に感じさせてくれるトピックが26編織り込まれている。
 1966年夏、マンハッタンのペン・ステーションにメキシコ留学を経て妻の洋子さんと降り立った佐々木さん。知人の紹介でカナルストリートとブロードウエーの角に住む
日本人を訪ねて3日世話になったあとアパート暮らしを始める。なにもかもが手探りのいきあたりばったりの出来事に遭遇する。ビルの谷間の生活はまず、日系レストランでの天婦羅用の海老の殻むきのアルバイトから始まる。指の指紋が薄くなり、つるつるになるまで1か月もかからず、マイペースでなにごともワンクッションおいてからでないとうまくことが運べない性格の佐々木さんには続かずに、学生ビザでアルバイトの日々が続く。当時まだ倉庫街のようだったソーホーに芸術家たちがこぞって住み始める前から住んでいた。流入してくる芸術家。高級ブティック街と化していくソーホーを住民として見続けてきた。ビルの谷間の生活者は、泥棒に入られたり、グリーンカードを紛失して復旧するまで苦労したり、失業して職安に通う毎日の様子、海外から伝わる日本の学生運動や過激派連合赤軍の事件などの余波、陪審員リストに載せられたあとの出来事、アパートが隣のビルの工事でクレーンの一撃を受けて裁判したことなど、駐在員や留学生では体験できない、一民間人としての外国暮らしの大変さがユーモラスに描かれている。
 著者は1936年仙台市生まれ。61年に東北大学教育学部美術家を卒業。66年、メキシコのグアナファト大学インスティチュート・アジェンデ卒業。東北生活文化大学非常勤講師。
 「アメリカのベル・エポック(よき時代)とでもいう時代にニューヨークで生きた」という実感がある佐々木さんの目には、アメリカの異質の変化が映り込む。ビルの谷間から見えるニューヨークの景色がどんなふうにこれから変わっていくのか。将来は故郷仙台に暮らしたいという佐々木さん。帰るところがあればこそ見えるニューヨークの姿形、出来事、景色でもある。これからも客観視で自分を見つめながら、定点観測を、キャンバスに、原稿用紙に留めていってほしい。 (三浦)