不安定化始まる、日本の政治状況の問題点

 アメリカではトランプ政権が就任1か月という短い期間で、ありとあらゆる政策が変更されて大騒ぎとなっている。では、日本の場合はどうかというと。政治の不安定化は日本でも急速に進んでいる。一言で言えば、今回の不安定化は、その構造が大変に複雑である。例えば、与党である自民党と公明党による連立政権が野党連合に取って代わられようとしているのであれば、1993年の細川政権、2009年の鳩山政権などと構図は同じことになる。けれども、現在の状況はそのような単純なものではない。

 何故かというと、3つの異なった問題が自覚されることなく、渾沌と混ざり合っているからだ。ある意味で、渾沌の中で闇へ突き進もうという絶望的な状況にも思える。まず、3つの問題を整理してみよう。

 1点目は、自民党が苦境に立ち至った政治資金の問題である。資金集めのパーティーをやって、目標を超えた場合はカネが簿外に隠されて、使途不明になっている、これは問題だ。実態としては、地方の集票マシンを稼働させるためには飲み食いのカネが必要だということらしいが、政治家達には必要悪という認識から被害者意識こそあれ罪悪感は薄い。

 有権者は、この問題で100%の浄化は不可能だという匂いを嗅ぎ取っており、このままでは自民党そのものが危機に陥る。そんな中で石破氏を総理総裁に選択したのは世論受けを狙ってのことだが、その石破氏には党内を改革する権限は与えられていない。このままでは参院選では大惨敗もあり得る状況だ。

 2点目は、財政規律の問題である。国税に地方税、更に社会保険料を含めた国民負担率は限りなく50%に近づいている。そんな中、重税感への不満は国民共通の問題だ。103万円の「壁」問題は、様々な案と駆け引きの中でまだ決着がついていないが、その背景には有権者の怒りがある。今のところ、国民民主党はこのモメンタムを上手く引き寄せているように見える。

 反対に財政規律に固執する財務省は今のところ悪玉になっている。ザイム真理教などと散々な言われようだが、彼らには彼らの理屈があるわけで、どうして真摯な説明から逃げるのか理解に苦しむ。日本の国家債務はGDP比では先進国中最悪だ。けれども、豊かな個人金融資産が相殺しており、対外債務に転じてはいない。また、日本の経済規模は未だに巨大であり、IMF(国際通貨基金)への基金提供国でもある。従って、日本の財政は世界の中で「大き過ぎ」て潰せない。けれども、ある時点で日本は国際市場に国債を売らなければならなくなるし、その次のステップとしては規模的に潰せるようになる時期が来る。

 財務省は、このことを恐れている。そして、軍事援助を貸し金だとして脅しつつ小国の運命を大国間で取引するような時代には、国家の破綻はそのまま地政学上の問題に発展する危険もある。だからこそ、そのXデーを1年でも先に繰り延べるために、財務省は何も言わずに悪者になっている。本来は、必要な改革を行って産業構造を知的価値創造型に転換し財政を健全化するのが正当だが、現在の嫌税世論と財務省がにらみ合っている構図からは何も生まれない。

 3つ目は、若い世代を中心に、既成の権威を全面否定する衝動が拡大しているという点だ。兵庫県知事選を巡る騒動や、立花孝志氏の活動などがこのモメンタムを興味本位で煽っている中で、事態はどんどん流動化している。そこにあるのは、既成の権威への反発だけであり、具体的な政策の軸は見えない。

 そんな中で、自民党や立憲民主党については、彼らには古びた既成勢力としか映っていない。維新の会にしても、小さな政府論で一貫していれば良かったのだが、大阪万博の一件で既に信用を失いつつある。そのように既成勢力を否定するのは良いとしても、とにかく若者の衝動には軸が見えない。より徹底した小さな政府論でリバタリアン的な方向性を目指すのか、それとも世代闘争を仕掛けるのか、あるいは時代遅れとなった中進国型の教育を改革するのか、結集の軸は全く見えない。昨年の都知事選で善戦し、新党結党を目指している石丸伸二氏にしてもそうだ。

 一つの恐れとしては、若い世代の現状否定の流れが、現在アメリカで進行しているような過激な政府のリストラの要求へ向かう可能性が指摘できる。そこまで一足飛びに向かうのは全く適切ではない。今、日本に必要なのはDOGEではなく、サッチャーや鄧小平の改革であり、高い教育水準に見合うだけの知的生産性を確保するための改革であるはずだ。その実現もできないうちから、公共セクターを壊し、民間の優良な部分は更なる空洞化に向かうようでは国の衰退は加速するだけとなろう。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)