ニューヨークにある芸術高校に通う友人の息子君、入試ではポップスを歌ったと言うが、入学後からオペラに目覚めたと言う。そんなわけで、真剣にオペラ歌手を目指しているので相談に乗ってほしいと友人から持ちかけられた。オペラ歌手を目指す高校生男子に、最近は中々巡り会わないので、早速楽しみに歌を聞かせてもらうと、非常に素晴らしい声を持っており、歌心もある。良い所が沢山ある事を本人に伝えつつ、これから必要な事や、こうした方が良い思われる事など、幾つかアドバイスをした。良い意味でマイペースであるし、思った事を言ったり、やりたい事を真っ直ぐに突き進む素直さも持ち合わせており、将来が楽しみだなぁと見ているうち、自分が彼と同じくらいだった頃の事を思い出していた。普段は思い出さないので忘れかけていたが、確かに私も10代の頃、心の底からオペラに傾倒しており、尊敬するオペラ歌手たちのような声を出して、自分が受けたのと同じような感動を人に与えられるような歌が歌いたいと強く願っていた。歌のレッスンや練習に励むだけでなく、オペラに不可欠なイタリア語もワクワクしながら独学で学び始め、レコードやCDを何度も聴いては、往年の歌手の歌に涙したり感動し、一体どうすれば、このような声で、こんな風に歌えるのだろうと日々研究を続けていた。その友人の息子君は、音大に進学後、私がかつて目指したのと同じように国際的な歌手になりたいと言う。健全な魂を持つ青年が、目標に向かって有効な努力をして、何故できないことがあろうか?私自身は、分厚い人種の壁や偏見の前で、ロールモデルも大したストラテジーも見つけられない中、道なき道をがむしゃらに進んできた感覚がある。今思えば、生来の不器用さで必要以上に苦しんで来てしまったし、何度か鬱状態にも陥った。それでも歌手を続けますか?と踏み絵のような試練も何度もかいくぐって来た。しかし彼は、人種による差別なども少し和ぐ2025年の今、日本人の母と白人の父を持つミックスの若者だ。立派な声と体格に恵まれた16歳の目前には、洋々たる未来しかない。勿論これから彼を待ち受けている道は、易しいだけのものではないし、音楽の道を志したからと言って、頑張ったからと言って、自分が望むようなプロ歌手になれるかどうかはやってみないとわからない。音楽の道を志し、ある一定期間頑張ってみたからこそ、もっと向いているものがあると気づいて辞めたものも私の周りにはいるし、音大卒業後に、全く違う道に進んだ同級生など沢山いる。10代でその後の長い将来のことなんてわからないし、その時に好きなものでも、後になってそうでもなかったと気づく事なんて多々ある。大切なのは、今信じる道を一生懸命やることだけだ。今やっているものの先に将来が形作られるのである。日本でもアメリカでもそろそろ入試結果が出始めるころ。どうか若者には大志を持って自分の好きなこと、やりたい事を頑張ってほしい!
田村麻子=ニューヨークタイムズからも「輝くソプラノ」として高い評価を受ける声楽家。NYを拠点にカーネギーホール、リンカーンセンター、ロイヤルアルバートホールなど世界一流のオペラ舞台で主役を歌う。W杯決勝戦前夜コンサートにて3大テノールと共演、ヤンキース試合前に国歌斉唱など活躍は多岐に渡る。2021年に公共放送網(PBS)にて全米放映デビュー。東京藝大、マネス音楽院卒業。京都城陽大使。