6日(水)未明にドナルド・トランプ氏の勝利が相次いで報じられた。前回の2020年の選挙では、投開票日から4日過ぎた土曜日の午前中になって初めて各メディアは当確が打てた。特にペンシルベニア州、ジョージア州では延々と終わらない票の確定作業が、様々な疑惑や混乱を伴った。けれども、今回は翌日の未明、つまり「投開票日の長い夜」が明けないうちに当確となった。これは、何よりも各州選管の努力の結果と思う。特に、ジョージア州では、法律を改正して期日前投票や郵送投票の集計を前倒しでできるようになったのが大きい。ペンシルベニア州でも当日の朝7時から期日前投票の開票を淡々と進めていた。
それにしても、異常なまでの接戦であった。ハリス候補の「ブーム」が一巡した9月下旬以降は全国レベルの支持率は拮抗状態が続いた。接戦となっているとされた州の多さもさることながら、接戦状態が丸々一か月以上続いたというのも、前代未聞である。
今回のトランプ氏の勝利であるが、様々な要素が絡んでいると思うが、何よりも経済、とりわけ物価と雇用の問題が大きく作用したと思われる。まず物価だが、現在でも卵が郊外で最低4ドル、市中では更に高いという状態が続いている。また、外食に関してはファストフードも含めてコロナ禍前の5割増や場合によっては倍という状況だ。この物価に関する不満というのは選挙戦を通じてメインテーマであったと思う。バイデン氏が候補だった頃は、インフレの上昇率が沈静化したことを成果としていたが、これが物価の高止まりを痛みとして感じている有権者からは反発を買った。一方で、ハリス氏はこの問題を積極的には取り上げなかったのも結果を左右したと思われる。
というのは、連銀のパウエル議長の綱渡りのような政策が効果を発揮して、景気が大きく後退することなく、実際は物価の沈静化が進んでいたからだ。ハリス氏はこの点を巧妙に訴えることもできたと思うが、そうはしなかった。一方で、物価に対する怨念のような感情、特に現状を「ぶっ壊して欲しい」というような衝動がトランプ氏を強く後押しした。
雇用については、数字的にはまだまだ失業率は低いし、新規雇用の数字も極端な悪化はない。けれども、新卒の若者の雇用は厳しい状況となっているし、テック系の産業では大規模なリストラも進んでいる。そんな中、高学歴の若者の間に現状と将来への不安が拡大しており、これが現状を否定してくれるトランプ氏への期待となったようだ。特に、事実上勝敗を決することとなったペンシルベニア州では、過去ずっと民主党が優勢であった州中部のペンシルベニア州立大学の巨大キャンパスを中心とした郡で、トランプ氏が善戦した。男子学生の多くが堂々と赤い帽子をかぶって投票所に並んでいたというのだから、意外である。暴言騒動にはマヒする中で、とにかく現状への不安と不満が投票行動を変えたのであろう。
残念だったのは、ハリス氏が抱えてきた本質的な問題、つまりイメージは人権派の闘士だが、経済や外交は中道現実主義という組み合わせが、最後まで良いイメージとして伝わらなかったということだ。人権派イメージに吸い寄せられるリベラルな若者は、彼女の自由経済優先の態度を知ると混乱する、このパターンが選挙戦でも繰り返された。中道票を狙って中東問題でのイスラエル支持や技術投資を訴えれば訴えるほど、若者の左派票は離れていった。
もっと難しいのは、彼女の「等身大の女性」というイメージだ。ヒラリー・クリントン氏が「説教好きの上から目線」だとして若者に忌避されたのとは違い、ハリス氏は「笑顔」を前面に出して戦った。これは、当初は軽薄だと言われたものの、途中から若い女性を中心に「女性の人生の喜び」の表現だとしてブームになった。だが、結果的にこれは「女子会のよう」だとして有色人種を含む男性票が離れる理由にもなった。この失敗は、非常に難しい問題を含んでおり、以降の女性政治家は更に踏み込んだ作戦が必要となろう。
(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)