ユネスコと連携する世界遺産都市機構(OWHC)が指定する「世界遺産都市」がアメリカに二つある。その一つ目が、2015年に指定されたフィラデルフィア市。街全体が世界遺産の対象である当市には、膨大な数の史跡が点在する。特に世界遺産「アメリカ独立国立歴史公園」は、アメリカ人のアイデンティティを象徴する特別な場所。ここで2024年4月7日に、日系人の功績を称えるイベントが開催され、2026年の米国誕生250周年に向けて、250本の新たな桜を植栽する計画が発表された。長年にわたり日米親善に貢献してきた「フィラデルフィア日米協会」が市民全体から大きな支持を得たのであった。
イベントの目玉となったのは、フィラデルフィア管弦楽団の首席バスーン奏者、ダニエル・マツカワ氏と、書道家・墨アーティスト・文化庁文化交流使の海老原露巌氏の両名の芸術的邂逅による、唯一無二のセレモニーコンサート。(=写真左、海老原氏の揮毫)始まりは、ストラヴィンスキー作曲「火の鳥」の「子守歌」。マツカワ氏のバスーン演奏によって、尊厳に満ちた静寂な雰囲気が、レセプションテラスに広がった。そこに海老原氏が登場し、演奏曲は武満徹作曲の「巡り」に移った。日米両国で差別にさらされた彫刻家イサム・ノグチを追憶するために作曲された曲だ。海老原氏は、この作品を五感で感じ取りながら墨を磨り続けた。音楽が止まり、テンションが最高潮に達したその時、海老原氏は立ち上がり、毫を力強く繊細に揮られた。その結果が二つの書、「和」と「祈」である。
ここでマツカワ氏はフィナーレとなるドヴォルザーク作曲の「交響曲第9番「新世界より」の「家路」の演奏を開始した。まだ墨が乾いていない出来立ての『和』と『祈』を見つめながら、参加者は同じ思いで『家路』を聴いたであろう。日本文化の根底に流れる共通の価値観『和』が生み出す一体感。皆を家路への祈りに導き、日米の参加者が一つになった瞬間だった。
この二つの書は、アメリカ独立国立歴史公園に捧げられ、公園側は毎年5月にビジターセンターで両作品を大々的に展示する、と決定した。5月は米国の「AAPI Heritage Month (アジア・太平洋諸島系米国人の文化遺産継承月間)」であり、海老原氏の作品を通じて、移民の多様性がいかにアメリカを豊かにしてきたか。これを米国誕生の地で祝いたい、という。作品には英語で「祈 Inori (Praying)」と「和 Wa (Harmony & Peace)」と表示される予定。
日系アメリカ人の功績を讃えるイベントが、日米融合の芸術を生み出し、アジア系アメリカ人全体の存在感を高める結果に繋がったことは感慨深く、日系人として誇りに思う。この二つの書がアメリカの多様性を象徴するものとして観る人の心を一つにしていくだろう。
フィラデルフィア日米協会 副理事長
穎川廉(Ren Egawa)
30年以上にわたり日米欧のテック業界で最先端技術開発と新市場開拓に従事。パナソニック在籍中、新放送方式を開発、FCC(米国連邦通信委員会)で推進。世界規格に導き、本社役員賞を受賞。米SRIでは次世代GPU開発者、仏伊STではソフトウェア戦略チーフを歴任。現在は米Rexcel GroupのCEOとして、イノベーション推進事業を経営。フィラデルフィア都市圏の日米協会副理事長、アジア系アメリカ商工会議所顧問委員、オペラ振興諮問委員、フィラデルフィア管弦楽団アンバサダーとしてボランティア活動に従事。