ワールドフィナンシャル・センターの前にちょっとした横長の人工池がある。その前にカフェのようにテーブルと椅子が並べられていて、一部は誰でも使えるスペースになっている。
木陰のテーブルにすわり、コーヒーを飲みながら、仕事をしていた。人工池のふちから、垂直に水が流れ落ちていく。
白人の親子四人が、すぐ近くのテーブルにすわった。親たちがおしゃべりを始めると、兄妹らしき四、五歳の子どもがふたり、待ちきれないといった様子で、元気よく池に駆けていった。
女の子は、赤毛でソバカスがある。ピンクのバンダナを頭に巻いている。
男の子が右手の指先をそろえて、流れ落ちてくる水を横に切ると、池の水面に小波が立った。
どうだ、すごいだろう!
男の子が腰に両手を当て、胸を張って、女の子に言う。
それを見ていた妹が、目を真ん丸くして、大きな声で叫ぶ。
うわあ、すごい! すごいわ、マイケル(お兄ちゃん)! あたし、驚いちゃった!
妹は尊敬のまなざしで兄を見つめる。心の底から感動しているようだ。
兄は得意になって、何度も水を切る。
ほら、見ろよ。このマジックタッチを!
本当にマジックタッチね! すごいわ! ねぇ、お兄ちゃん、あたしもマジックタッチ、できるかなあ。
やってごらんよ! できるかもしれないよ!
妹は見よう見まねで、右手で水を切る。
池の水面に小波が立つ。
Emily, look at you!
エミリー、すごいじゃないか!
お前もマジックタッチ、できたじゃないか!
すごい、すごい! あたしもできたわ、お兄ちゃん! あたしたち、ふたりとも、マジックタッチをマスターしちゃったのね!
すっかり魔法の世界に入り込んだふたりは、見る人の心を和ませる。
水面に立つ小波のように、魔法は大人たちの心にも広がっていく。
池の中にそっと右手を入れて、私も水を切ってみる。
このエッセイは、シリーズ第3弾『ニューヨークの魔法のことば』に収録されています。