ニューヨークのとけない魔法 ①
岡田光世
一緒に歌を歌いましょうと、クリスマス・イヴに、地下鉄で叫んでいる男の人がいた。 ある夜は、プラットホームでこう呼びかけている男の人を見かけた。 You’re not alone. あなたは独りぼっちなんかじゃありませんよ。 孤独な人も、さみしがっていないで、一緒に歌いましょう。 つい最近、トランペット吹きの男が地下鉄に乗ってきた。ひもで首から箱をぶら下げていて、中に1ドル札が何枚か入っている。 何の曲かわからないが、陽気なメロディを吹き始めた。音程はかなりずれているし、音は大きいしで、近くで聞いているのはかなり辛い。乗客たちは苦笑している。 彼はそんなことはおかまいなしに、次から次へとリズミカルな曲を吹き続ける。 演奏を終えると、これは僕のです、とカセットテープをかざして見せる。曲が録音されているのだろう。 箱にお金を入れる人はいるが、カセットは誰も買おうとしない。 彼は再び、トランペットを構えると、今度は神妙に「マイ・ウェイ」を吹き始めた。感情のこもった、静かな音色に、誰もがじっと耳を傾けている。 次の駅で地下鉄が止まり、彼が降りようとすると、あちこちから拍手が起こった。 その次の駅でまた地下鉄が止まると、どこからともなく、「マイ・ウェイ」が聞こえてきた。外をのぞくが、彼の姿はない。ドアが開いているので、おそらく隣の車両で吹いている音が、ホーム経由で入ってきたのだろう。 地下鉄が走り出した。 次の駅でも、また「マイ・ウェイ」が聞こえてくる。 それから何駅か先のカナル・ストリートで、私は降りた。 出口に向かってホームを歩いていると、あの「マイ・ウェイ」が聞こえてきた。ふと車内をのぞくと、トランペットを吹いている彼がいた。 私と一緒にその駅で降りた白髪の老人が、私の前を歩いていた。彼はトランペット吹きの男に向かって、大きく手を振った。 彼は吹き続けたまま、トランペットの先を上に向けて、老人に応えていた。 You’re not alone. あなたはひとりではないんですよ。 大都会なのに、ニューヨークはどこか、そう感じさせるところがある。
このエッセイは、シリーズ第1弾『ニューヨークのとけない魔法』に収録されています。40万部突破の「ニューヨークの魔法」シリーズ(全9巻)は文春文庫から刊行されています。
文庫本では改行の箇所が、紙面では1文字空けになっています。