その8:サクレとプロファン(聖なるものと俗なるもの)

ジャズピアニスト浅井岳史の2019南仏旅日記

 2日間ダラダラと地元民になってビーチ三昧の生活を送っていたが、今日はアジェンダがある。ヴァンス(Vence)という街にあるマティスの教会にいく。ここコート・ダジュールはたくさんのアーティストが住み作品を残したインスピレーションに満ち溢れる場所でもある。数年前に私たちはアンティーブ(Antibes)で1週間を過ごした。そこはスペインのグラナダ出身のピカソが最後に住んでいたことでも有名である。ちょうど戦争が終わり、新しい女性と暗いパリからこの太陽で溢れる街に来てもう一度若者に戻ったように創作活動をした。ほかにも、マルセル・パニョール、ジャン・コクトー、マルク・シャガール、ピエール・オーギュスト・ルノワールがこの美しい風景を描き、世界レベルの作品を世に出した。そう思うとこの美しい景色の功績は大きいなんてものではない。
 アンリ・マティスもここの暮らしから作品を生み出したアーティストのひとりだ。1941年、72歳のマティスはガンになる。彼は「若くて可愛い看護婦」を募集。その広告にMonique Bourgeoisという「若くて可愛い」女性が応募する。どうやら彼女に熱を上げてしまったのか、彼女をモデルに作品を創り始める。その後彼女はVenceの修道院に入り(何か懺悔することがあったのか)シスターとなる。マティスは彼女の修道院の近くに家を買う。その修道院が新しくチャペルを建てると伝えるとマティスがそのデザインに協力することになった。1951年、Chapelle du Rosaire de Vence、通称「Matisse Chapel」ができる。
 チャペルは撮影禁止なので、じっくりと目に焼き付けた。白地に鉛筆書きを思わせるシンプルなラインでまとまっており、そのシンプルさに迫力が漲る。マティスのその女性(失礼)じゃなくて教会への思い入れはすごいものがあったのだろう。彼は人生の最大の作品を創るつもりでいたと言う。チャペルの席に座ってしばし心を休める。
 屋根瓦がコバルト色で、その青がプロヴァンスの陽を強烈に反射して、屋根の上の、それもシンプルなラインの十字架を際立たせる。その構図が素晴らしいので窓から写真を撮っていると近くにいた女性2人組と話が始まった。ここでツアーガイドのビジネスを立ち上げたオーストラリアの女性と、彼女のクライアント兼友達の日本人の女性の2人組であった。昨年秋にメルボルンとシドニーに行った話で盛り上がった。彼女はツアービジネスをしているだけあって、この辺の見どころをまとめて教えてくれた。お互いに住所を交換して別れた。旅の出会いは楽しい! 彼女の名はRosaria、この修道院はRosaire、なんという偶然。
 さて道端に停めた車に戻っていざ出ようとしたら、なんと目の前が先ほどの彼女の車で、予期せぬ再会を楽しんだ。彼女のグループの集合写真を撮ってあげた。なんかみんな楽しそう。
 さて、そこから彼女のお勧めにもある、Venceの街に出かける。車を街の駐車場に入れると昼のマルシェが立っていた。フライにするズッキーニの花、アーティチョーク、珍しいパイ、手作りの食材が芸術的な綺麗さで並んでいた。パン屋でサンドイッチを買って先ほどのパイと一緒に食べる。パン屋から中世の城門が見える。心が踊る。急いで食べて城門に入った瞬間にびっくりした。なんと、ここは数年前に来たことがあったのだ。その時は逆から周ったので分からなかったが、その噴水でお茶をした。綺麗な街なのでもう一度、今度は逆周りで見ることにした。街の中心の古い教会まで行ってみた。途中でビーチ行きの籐籠を買う。私はバッグフェチで、いつもバッグが欲しくなる。ラベンダーの匂い袋を欲しそうに見ていたらお姉さんが1つプレゼントしてくれた。欲しそうな顔をすることは美徳である(笑)。
 先回は気づかなかったが、その教会にはシャガールの壁画がある。同じところに住んだライバル同士、一体どんな関係であったのだろう。「マティスの野郎がチャペルをデザイン? じゃ、俺はノートルダムに壁画を献上だ!」なんて火花を散らしていたのだろうか。
 先ほどの女性、Rosaryからいきなりメールが入る。「さっき教えたTourette’s sur Loupが本当にいいから絶対に行くのよ!」今から行きますと答えて出発した。街の駐車場で、見終わって帰る彼女ご一向とこれから街に入る私たちはばったり出会った!で、再再会を喜ぶ。縁とはこういうことか。この旅はタイミングが全てパーフェクトである。
 彼女の言う通り、崖の上に建つこの中世の石の街は絶景であった。細い石畳を歩き、中世の街と所々に入っている店を楽しんだ。さて、これで昼の部は終わり。アパートに帰ってきちんと自炊。
 フランス語で夜のことをソワールという。夜の集まりをソワレと言う。奥さんが赤いドレス、私はTシャツ(笑)でモナコに出かける。毎回南仏に来るたびにその目抜き通りモンテカルロに来て、カフェ・ド・パリで一杯飲むのが私たちのお決まりである。世界の高級車、カジノ、セレブ、ビジネスマン、お洒落とお金の街である。私は中世の城や教会、ダサイ人たちが大好きである。それと同じくらいにモナコも好きだ。説明はできないけれど、そこにはお金以上の何かがあるような気がしてならないのだ。友人のフランス人の女性チェリストも私の写真をみて、「クラスがあって良いよね!」と賛同してくれる。アラブのプレートの高級車もいる。そう、来週私はエジプトに行く。カイロの街の砂と埃の中で、モンテカルロのこの風景を頻繁に思い出すことになろうとはこの時は思いもしなかった。ただ、優雅な人々を眺めて優雅な気分に浸る素晴らしいソワレであった。(続く)(浅井岳史、ピアニスト&作曲家)
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