ジャズピアニスト浅井岳史の2019南仏旅日記
やはり時差ボケだ。夜中 今日は、バルセロナ方面に3時間ドライブする予定であったが、時差ぼけで10時半まで寝てしまったので、急遽プログラムを入れ替え、Uzesの街を散策することにした。
アパートの朝の景色と風の心地よさはたまらない。今日び、世界中どこにいてもネットで繋がるので、いい気になって仕事をしていたらお腹が減ってきた。昼だ。昨日スーパーで買っておいたパスタを茹で、ズッキーニとトマトとロゼワインでソースを作り、勝手にプロヴァンス風と名付けたパスタを食べた。美味しい。ロゼはここの名産で、夏のこの気候によく合う。
昼に出かける。昨日時間切れで行けなかった、Jardin Medieval (中世の庭)に出かける。優しいおばさんが出迎えてくれ、親切なフランス語で対応してくれた。入り口には少々素人っぽいが私が読んだ本の表紙と同じ作風の中世の壁画がある。園内にそこに描かれている猫と同じ猫がいた。早速おばさんに聞いてみると、本来の絵は犬であったが、そこで20年生きているトラ猫に敬意を表して、犬を描に代えたそうだ。当の本人は私たちが噂をしているにかかわらず、箱に収まって微動だにせず眠りこけていた。
高い古い石の塔の脇に小さいが趣のある庭がある。ここは中世の宮廷で育てていた400種ほどのハーブを学術的に研究しそのまま再現してあるそうだ。医学が発達していなかった中世ではハーブは医学的に重要であったはずだ。渡されたブックレットには五ヶ国語で植物の名前が列記してあった。中には即売している植物もある。飛行機でなければ、買って家の庭に植えたいものだ。プロヴァンスの太陽は強烈である。枯れているものもいくつかあり、その手の届かなさに感動した(笑)。
庭を見た後、中世のタワーに登る。入り口にはカウンターが設置してあって、一度に20人以上は入れないそうだ。途中で崩れるおそれがあるということか。典型的な狭い螺旋階段を登ると頂上からは街が見渡せる。石では高い建物が作れなかった中世に、これは権威の象徴であっただろう。今でも、街のどこからでも白い石の建物の間から荘厳に見え隠れする。頂上から見える景色は絶景であった。そもそも街自体が丘の上に建っているため、赤茶けた瓦の向こうに緑の山がよく見える。これなら、敵が攻めてきても事前にわかる。
2本目の塔は、1493年に国王シャルル8世のために作られたものだが、いつしか牢獄となり、なんと20世紀まで牢獄として使われていたそうだ。壁には囚人たちが残した落書きが生々しい。ほとんどが、キリストの十字架かイエスで、中には斧を持った人物が描かれている。死刑執行人なのだろうか。痛々しい。塔から降りてくるとカウンターがマイナス1人になっている。どういう事?(笑)
二つの塔を制覇してまた小さな庭に降りてくると、優しいおばさんが、ここで採れたレモングラス入りの美味しいティーを出してくれた。この手作り感、800年も建っているこの塔、ユーモアがあって優しいおばさん、眠りこける猫、ここにいると心が洗われた。どう言うわけか急にいい人になってしまって(笑)、昨夜ウブリエに落としたサングラスを拾ってくれたトニーにお礼がしたくなり、近くの酒屋で、よく冷えたここの名物ロゼを一本買って、隣の宮殿に持って行く事にした。その前に酒屋の隣のベーカリーでフレンチ・ドーナツとアプリコット・パイで腹ごしらえだ。
城に行ったら、今日は様子が違っていた。人が殆どいない代わりに正門に黒塗りの車が止まって、中から品の良い夫婦が降りてきていた。とりあえずトニーを探していたら、その品の良い男性が、優しい英語で話しかけてくれた。昨日、サングラスを拾ってくれたトニーにお礼をしたいと言うと、彼が言付けてくれるとワインを受け取ってくれた。名刺を渡してお礼を言って立ち去ろうとした時に合点がいった。この夫婦、この城の今の城主様なのだ。1565年に、フランス国王シャルル8世から爵位を賜ったこのUzesの領主は、貴族として列せられ、それ以来同じ家族がここに住んでいるのだ。
そういえば、昨日ルイ15世王妃など蒼々たる先祖のポートレイトに混じって今の家族の写真が飾ってあった。そうだ、その奥さんと旦那さんだ。二人とも写真よりはちょっと歳をお召しになり、ちょっと恰幅が良くなっているが、あの品の高さは並大抵ではない。Tシャツ短パンの汗だくな旅行者の私たちにも自ら言葉をかけてくれる。私たち夫婦もあの貴族のお二人のような気品を出そうと話しあった(笑)。
感動を胸にアパートに戻る。ここに来てまだ二日目なのに何故か洗濯がしたい。家主が非常に複雑なフランスの洗濯機の使い方を教えてくれた。洗うだけで1時間40分。フランスは洗濯機が非常にややこしい。何故?
自炊をして洗濯物を外に干して、夜の街に出て、美味しいドリンクを飲む。夜のライトアップした城が美しい。今頃、城の中であのご夫婦は何をされているのだろう(笑)。
明日はダヴィンチ・コードの謎を求めてレンヌ・ル・シャトーに遠出。楽しみだ。(続く)
(浅井岳史、ピアニスト&作曲家)
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