中村 淳彦・著
東洋経済新報社・刊
本書は、女性、特に東京とその近郊に暮らす単身女性とシングルマザーの貧困問題を考えるため「総論」ではなく「個人の物語」に焦点を当てて紹介している。貧困は、生れや育ち、家庭環境、健康状態、雇用、政策や制度、個人や配偶者の性格、人格など、さまざまな要因が重なって起こる。現実には十人十色、それぞれである。問題解決の糸口を見つけるには、個々の生活をつぶさに見ることで真実を浮かび上がらせるしかないと筆者は語る。一人でも多くの貧困の物語が必要だと取材を始めた本書はその3年間の記録だ。
登場する女性たちはつぶやく。
「その日暮らしは十分できます。もっと経済的に厳しい人がいるのも十分承知はしています。けど、ずっとギリギリの生活で、なんの贅沢もしていないのに貯金すらできない。年齢ばかり重ねて、私はいったいどうなってしまうのだろうって」
筆者は、もともとフリーの風俗ライターで、アダルトビデオの女優や風俗嬢の取材、そしてカテゴリーは違うが介護現場の取材を主にしてきた。雑誌の編集者から「貧困問題をテーマに取材しているのですね」と言われて初めて、自分が「貧困」をテーマに仕事をしていたことに気付く。
この書評を書いている私は、日本を離れてもう随分と年月が過ぎてしまって、記憶にあるのは1980年までの日本なので、かれこれ40年近い時間が過ぎてしまっているため別世界の話のように思える。日本を離れたころに生まれた人がもう40歳になっているということだ。時代がひと回り、ふた回りして、世の中の構造や人々の生活感も随分と変わっているのかもしれない。学校を出て就職してというのが当たり前の時代で、正社員として就職するのが普通だった世の中はもうないようだ。女性の4割が非正規社員ともいわれる。正規と非正規とでは会社が一人の従業員の生活を維持するためのコストが全然違うので、規制が緩めば、大企業も中小企業も労働力は非正規で賄おうとする。若者が生きづらい国になっているとは聞いていたが、本書で展開される個々の現実の壮絶さには息を飲む。高い賃金の仕事に就けないというのが最大の理由のようだ。派遣の仕事や非正規の雇用で転職を続け、仕事のない地方から都会に出て来てすぐに就ける仕事で高収入を狙えるのは、昔風に言うなら「夜のお仕事」となる。男ならキャバレーのボーイからバーテン、ウエイターなどの接客業から行き着く先はホストか、女ならホステス、販売員、風俗嬢などに流れ着く。登場する若い女性たちが、高学歴で、傍からは生活にはまったく困っていそうにない境遇の女性たちが現実には貧困に喘いでいる。本書では、山谷のドヤ街に暮らす生活保護を受けた無職放浪者の方が、生活自体は東京に暮らす貧困女子よりも経済状態がましなことを紹介する。最大の原因は、少子高齢化社会による産業構造のコペルニクス的な変化だろう。平和に見える華やかな都会の裏のリアルな現実を突き付けられる一冊。(三浦)