ジャズピアニスト浅井岳史のロンドン旅日記(7)
昨日ロンドンでの行程がすべて終わり、今日はユーロスターでパリに移動。モニカは金曜日のコンサート当日の午後、ホテルに集合で私が一足先にパリに入る。というのは、明日パリ郊外のコンサートホールでトリオのコンサートがあったのだが、ホテルを取った後にコンサートがキャンセルになってしまった。が、なるべく早くパリに行きたいというのもあるし、何となく一人になってみたいというのもあって、そのままの予定で移動することにした。
ユーロスターは、St. Pancras Internationalという駅から出る。ロンドンのスタジオで聞いた話だが、ユーロスターができる前はロンドンとパリの移動はコンコルドだったというから驚きだ。2つの街には1時間の時差がある。ユーロスターはこの世界の大都市をたった2時間で駆け抜ける。
お世話になったモニカの家から電車に乗って、もうお馴染みとなったLondon Bridgeへ。そこでThames Linkに乗り換える。車窓からのテムズ川とファイナンシャル・ディストリクトの摩天楼の景色がすこぶる感動的である。
間もなく、St. Pancras International駅に到着。駅には「International Trains」という表示がある。列車で外国に行く、これは日本では考えられないことだし、アメリカでもほとんどない。ヨーロッパ旅行の醍醐味の一つであろう。国際列車というので、まるで飛行場のように両国の出入国審査と手荷物検査がある。
ユーロスターに乗るのは、これが3回目だと思う。歳がバレてしまうが、ユーロスターが開通した時のニュースをタイム誌で読んだことがある。ドーバー海峡に海底トンネルを作って鉄道を敷く事はかなり前から構想があったのだが、技術的には可能であっても、そこには政治的な問題、文化的な問題もあって、なかなか実現しなかったとのこと。今でこそイングランドとフランスはドーバー海峡を挟んで綺麗に国境が分かれているが、それは比較的最近のことで、1066年の征服王ウィリアムス(フランス名ギョーム)から、フランスとイングランド両方を治めたヘンリー2世のプランタジュネット王朝、それが原因で起こった後の100年戦争など、イングランドとフランスは非常に複雑な歴史を持っている。そもそもイングランドの朝廷では、ヘンリー5世が生まれるまでの少なくとも350年間はノルマン・フランス語が公用語であり、両国の交渉はフランス語で行われていた。ヘンリー5世の息子ヘンリー6世は、パリのノートルダム大聖堂でフランス国王として即位し、いまでもUKの君主は、King (Queen) of France のタイトルを持っている。その複雑な両国の国境が今のようになったのは、その後シャルル7世がジャンヌダルクの助けを借りてヘンリー6世から王権を奪回し、百年戦争が終わってからである。
今でこそ世界共通語は英語であり、私もフランス人も英語で仕事をする時代であるが、かつて随分長い間、その役割を担っていたのはフランス語であった。それが今日の英語になったのは、世界中の植民地でハノーバー王朝のジョージ2世と3世率いるUKと国王ルイ15世が率いるフランスが1754年から1763年まで戦った7年戦争の結果であると歴史家は言う。ヨーロッパ一の美男子、ルイ15世が女性に溺れずにフランスを勝利に導けば、今頃世界はフランス語を喋っていたのであろう(笑)。
かつてはルイ14世の絶対王政が世界一の国力を築いたフランスと、18世紀以降に世界の覇権を掌握したUKとのプライドは今でも非常に強い。ユーロスターのアナウンスは、ドーバー海峡を渡る前は英語・フランス語、海峡を渡るとフランス語・英語に切り替わる。
イングランドは比較的街中を抜けるので、スピードが出せないユーロスターであるが、ドーバー海峡を水面下75メートルの海底トンネルを抜けてフランスの田園地帯に入ると速度を300キロに上げる。多少の遅れはあったが、2時間でパリの北駅に到着。そう、昨年も滞在したそのままのパリである。かつては船で命がけで海峡を渡り、戦争で領地を奪い合った二国の首都が、今はたったの2時間で結ばれているのだ。これにはやはり感動する。
ホテルにチェックイン。私のここ数年の強い味方、北駅の安ホテルだ。
夏のパリは午後10時でもかなり明るい。1時間の時差もあって、思ったよりも遅い時間なことに気がつくと、急にお腹が減ってきた。今日からしばらくは一人なので、近くの中華料理屋に入って、広東風チャーハンを食べる。久しぶりの米の飯は美味しい!
イギリスでのツアーの疲れと、一人になった開放感で急に眠たくなってきた。明日のパリ郊外でのコンサートがキャンセルになっているので、2日間完全オフである。明日の事は明日考えよう。いつの間にか眠ってしまった。
(ロンドン編終わり、パリ編に続く)
浅井岳史、ピアニスト&作曲家 / www.takeshiasai.com