福岡 伸一・著 文藝春秋・刊
生物学者の福岡伸一さんは、現在は青山学院大学教授・ロックフェラー大学客員教授、「生命とは何か」と動的平衡論から問い直した著書を多数発表している。 小説家、エッセイストとしても知られ、本書『ツチハンミョウのギャンブル』は『週刊文春』に連載したエッセイに加筆した一冊。第6章「我が心のニューヨーク」は、ちょっとした逸話からニューヨークの魅力を綴っている。
さらに、福岡さんはフェルメール研究家としても知られている。本書の第5章「フェルメールの謎が解けた」には、2015年にニューヨークで開催した「リクリエイト・フェルメール展」の舞台裏に関するエッセイも収録。日本全国で大好評を博した同展のオープニングの夜、福岡さんが展示の最後に飾られた小品について「これの本物を所蔵している方が今日いらっしゃる予定なんです」と話していたが、なるほどその興奮の背景が分かった。 本書を紙面で取り上げたい、ついては一言メッセージをと福岡さんにお願いしたら、以下の文章が届いた。超多忙なのに超マメ、そして何事も楽しそうに考察する超越した好奇心と洞察力には、いつもながら脱帽だ。福岡さんのアイデアやひらめきメモともいえる本書の活字を追いながら想像力を広げる至福の時間は、アッという間に過ぎ去ってしまった。 (小味かおる)
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最初にお断りしておくと、本書はツチハンミョウ(カバーに描かれた青く光る美しい虫)に関する本ではありません。著者(福岡ハカセ)が、日々折々、気づいたこと、学んだこと、出会った人やことについての愉快なエッセイ集です。たとえば冒頭の一話は、ある産婦人科の医師が外国に赴き、お産を助け、ことなきを得た物語。ところでみなさんは、「産医師、異国に向こう産後厄なく 産婦みやしろに虫さんざん闇になくころにや・・・」をご存知でしょうか。そうです。円周率(パイ)を覚えるための語呂合わせ歌(3.14159265…)。
実はもっと延々と続きます。福岡ハカセは、この歌を口ずさんでいるうちにこれがなんだか壮大なストーリーに思えてきて、ちょっと小説風にしてみました。名づけて史上初の円周率小説。では、英語圏の人はどうやって円周率を覚えるのか。ちゃんとテクニックがあるのです。それは本書を読んでみてください。というふうに、身近なサイエンス、ハカセが大好きなフェルメール、行き来する東京とニューヨークそれぞれの事情、進撃の魔神トランプについての違和感、本の未来などについて語っています。もともとは『週刊文春』の人気連載エッセイだったものを再編集・加筆したものなので気軽にお読みいただけます。
ちなみに最後にお断りしておくと、ツチハンミョウについての物語もちょっとだけ出てきます。この虫は実に、不思議な、そして奇跡的な旅をします。彼らは、過酷で、成功するはずがないギャンブルに淡々と身を委ねます。なんといってもすばらしいのはツチハンミョウたちの偽りのない生き様です。彼らは見えない糸に導かれるかように、自分の運命をあっさりと受け入れていきます。その孤独と孤高は、ニューヨークに生きるすべての人たちに重なるような気がします(というのはちょっと大げさかな)。